感染症の流行により、私たちの生活は一変してしまった。
自粛生活、ソーシャルディスタンス、リモートワーク。
東京で生きる人々の価値観と意識は、どう変化していったのだろうか?
これは”今”を生きる男女の、あるストーリー。
Act.1 恋人未満のディスタンス
――2019年12月・パンデミック前の世界――
「まさか、今夜も希実と過ごすとは思ってなかったな」
「私はご飯を食べに来ただけ!なんで文也もいるのよ…」
この日はクリスマスイブ。
都内のメーカーに勤める営業の文也は、行きつけのダイニングバーで同期入社の希実とお酒の入ったグラスを傾けていた。
お酒好きで、お互いひとり暮らしの27歳。退勤後、会社近くのこの店で夕食がてら酒を酌み交わすのが日常となっている。
12月24日。恋人同士には特別な1日。
何でもないふうを装っているが、文也にとっても特別な夜なのだ。
なぜなら、この日は年に1回、希実に特別な人がいないことを確認できる日だから。
「来年こそは、イブに彼女と家でずっとイチャついて過ごすんだ」
「せっかくのイブに?この日に恋人と過ごすなら、星付きのレストランでしょ。だから彼女できないのよ」
「希実こそ、人のこと言えないだろ」
不機嫌そうに「うるさい」と小突かれながら、文也は心の中で微笑む。
切れ長の細い目にブラウンがかかった長い髪。エキゾチックな美貌を持ちながらも、大きな口で豪快に笑うギャップが魅力的な彼女だ。
実は文也、新入社員研修で同じグループになってからずっと希実のことを想っていた。しかし、今は距離が近くなりすぎて想いを告げるきっかけを見失っている。
酔いに任せて「付き合う?」と言ったり、手を握ったことはある。しかし、いずれも軽くあしらわれた。
脈は一切感じないからこそ、今は「告白して関係が崩れるよりは、飲み仲間としての楽しい毎日が続いた方がいい」と文也は自分に言い聞かせている。
一生気まずい状態で働くよりは、ずっといいのだ。
この記事へのコメント
何これ、一話完結だし。
希実の魅力って?