今はもう、なんでもないから Vol.2

職場の後輩女子が、なぜか彼氏と知り合いだった。疑心暗鬼になった女は2人を会議室に集め…

それは、今からたった30分前のこと。

健作と雛乃ちゃんそれぞれの態度に違和感を覚えた私は、いてもたってもいられず、金王坂の歩道橋の上で2人を問い詰めたのだ。

「2人って、知り合いなの?」

しばらくの沈黙の後、健作がようやく口を開いた。

「…千秋さん、黙っててごめん。お昼食べながらちゃんと説明するよ。立川さんも、ランチ買ってきてよ。頼めるなら、この店でガムシロップも2個よろしく」

そして3人で集まったこの会議室で、私は2人の関係性を知ることになった。

同じ大学出身どころの話ではない。健作は中学校から、雛乃ちゃんは小学校から同じエスカレーター式の名門校に通っていたため、1歳違いの2人はお互いをよく知る先輩・後輩関係だというのだ。

さらに話を聞けば「ドメスティックな企業に転職したい」という相談を受けて、雛乃ちゃんにこの会社を勧めたのも健作なのだという。

「なんで黙ってたの?別に隠すような話でもないじゃない…!」

隠されていた意味がわからずそう問い詰める私に、健作はションボリとうなだれる。

その横で雛乃ちゃんが、呆れたように笑った。

「ほんと、そう思いますよね。でも私、健作さんが下手に隠した理由わかりますよ。

それだけ千秋さんのことが大切なんです。『大切な彼女を絶対不安にさせたくないから、黙っててくれ…』って私、頭下げて頼み込まれたんですよ」


「私のことが、大切だから…?」

大切なら、なぜこんな隠し事などするのか。理解できずつぶやく私に、雛乃ちゃんは言葉を続けた。

「エスカレーター式の私立で“下から”一緒に育つと、男女とか関係なく、内部生同士は家族みたいな感じになるんですよ。

でも、こういう環境にいたことがない人には、それってなかなか通じる感覚じゃないから…」

そこまで雛乃ちゃんが説明すると、その話を引き継ぐように健作も口を開く。

「そうなんだ。立川さんとは中学時代からずっと仲がいいんだけど…。俺たちが普通に仲良くしてるだけで、お互いの恋人を嫌な気持ちにさせてしまうこともあったんだ。

今回、まさか立川さんが千秋さんと同じ部署に配属されるなんて思わなくて、パニックになって隠してしまいました。変な隠し事をしてしまって、本当にごめんなさい」

頭を下げ続ける健作には、もう先ほどまでの挙動不審さはない。真面目で礼儀正しい、いつも通りの彼だ。

すぐにボロが出るような浅はかな隠し事をされていたことに、不気味さも感じるし腹も立った。

けれど、さっきまでのバレバレな態度がかえって2人の正直さを表しているようで、いまさら怒るのも馬鹿らしいような気がする。

― それになにより、健作がこんな隠し事をしたのは、万が一にも私を失いたくないからなのか…。

そう聞けば、決して悪い気はしないのも事実だ。

父親が銀行勤めだったことで、小学生の頃から5回も転校してきた私。正直、男女の幼なじみ同士の友情は理解できそうにない。

けれど雛乃ちゃんが健作の大切な後輩なのだというのなら、私も彼女といい関係を築いていきたいと、素直にそう思えた。

「はぁ、まったく…」

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