渋谷物語 Vol.5

誘いを断りきれず、大人の色香漂う街に連れて行かれたけど…。そんな男に、女が心を許したワケ

普通の男って?


呼び止める声を背に、私はひとり自分の家へ帰る。実を言うと、あの中はちょっと居心地が悪かった。でも仕事というのは本当だ。

北見さんの会社で、編集とライターの仕事を始めて3年近く。現在はカルチャー系webマガジンの編集長も任されている。今はちょうど仕事が軌道に乗ってきて、面白くなってきた時期だ。

「はい、明日までに直してお戻ししますので…」

取引先と電話をしながら、並木橋近くにある1DKの部屋に着く。

西武MovidaのVIA BUS STOPで買ったマルジェラのドレスを着たまま、私は息つく間もなくパソコンの前に座った。



一心不乱に仕事をしていたら、いつの間にか26時をまわっていた。

ひと段落ついた私は引き出物のクッキーをつまみつつ、買ったばかりのiPhoneで撮影した結婚式の写真を眺める。ふと、むつみの言葉を反芻した。

「一番幸せにしてくれるのは、やっぱり普通の男よ」

相手とは婚活パーティで出会ったとか。彼女も彼女で、色々あったと聞いている。ヒルズの経営者の恋人に長い間泣かされ、有名な俳優とも交際したようだけど二股をかけられて終わったそう。

つまり、その結果を受けて出した、彼女なりの答えなのだ。

― 私もああいう普通の人に、恋できるのかな。

恭一と別れて以来、仕事が忙しくて恋愛する暇がなかった。フリーター生活の罪滅ぼしというか、何もしていなかった時間を取り戻すがごとく、夢中で仕事をしていたから。

それに、彼以上の人が現れなかったということもある。

恭一のような、すべてに刺激がある人はめったにいない。会社や取引先の人も面白い人は多いけど、なんか違う。みんな普通の人にみえる。

― センスがよくて有名な家の出で、活躍中の若手カメラマンと交際していたって、特別なことだったの?

時を経るごとにどんどん美化されていく思い出。気がつけば私も29歳だ。

平均年齢が低いうちの会社では、お局的な立場になっている自分がいる。若者の街と呼ばれる渋谷で生活していることにも、どこか窮屈さを感じはじめていた。

― もう、渋谷を卒業しなきゃならないのかな。

でも、まだ結婚は他人事。むつみの結婚式でも、岩手の漁師に嫁いだ姉の子沢山な年賀状を見ても、心から幸せを喜べるから。


「Twitter?これ、流行るの…?」

「まあ、とにかく使って下さいよ」

会社で「iPhoneを買った」と後輩に告げると、Twitterなる不思議なサービスを紹介された。

実を言うと未だにmixiで日記を書き続けている私は、短文で投稿するというそのサービスに意味を感......


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