東京の平凡な女は、夢見ている。
誰かが、自分の隠された才能を見抜き、抜擢してくれる。
誰かが、自分の価値に気がついて、贅沢をさせてくれる。
でも考えてみよう。
どうして男は、あえて「彼女」を選んだのだろう?
やがて男の闇に、女の人生はじわじわと侵食されていく。
欲にまみれた男の闇に、ご用心。
― これ、本当に私…?
銀座にある高級デパートの試着室。
秋帆は、三面に備え付けられた鏡をまじまじと見つめた。鏡の中には、上質な黒のワンピースに身を包んだ自分が映っている。
「お客様、いかがでしょうか」
外から店員に呼びかけられ、恐る恐るカーテンを開ける。
「とってもお似合いです。お客様の清楚な雰囲気にぴったり!」
店員が大げさに褒めると、その隣で、黒川は満足そうにこう言った。
「とっても似合っているね。じゃあ、これも頼むよ。彼女に似合いそうなもの、もっと持ってきてくれないか」
「かしこまりました」
ワンピースを脱ぐため試着室に引っ込んだ秋帆は、急に不安になった。
― どういうつもりなんだろう? 今日から働きだした新人に、洋服を買い与えるなんて…。
「最初の仕事に出かけよう」と、突如黒川に連れてこられたのが、この百貨店だった。
店に入るなり、「好きなものを買いなさい」と言われて、さっきから試着を繰り返している。
カーテンから顔を出した秋帆は、黒川におずおずと尋ねた。
「あの、本当に良いんでしょうか…?」
「良いんだ。僕のもとで働いてもらう以上、“きちんと”してもらわないと」
この時秋帆は、黒川が言っている意味をまったく理解していなかった。
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愛人にされるのか...