『お前、横浜にいるのか。いいねえ~』
簡単に返信すると、おどけたパンダのスタンプが返ってきた。
早稲田の高等学院時代からの友人である紺野 樹(たつき)は、インスタに投稿するかのようなノリで、こうしてよくLINEを送ってくる。僕にとっては唯一の、気の置けない友人だ。
天性の人たらしである彼は大学卒業後、大手飲料メーカーでトップの営業成績を叩き出し、今や華の宣伝部に配属されたという。
そんな明るい友人のことをぼんやり考えていると、ベランダからのぞく空が、次第に暗くなってきていることに気づいた。
「…そろそろ、夕食にでもするかな」
小さくつぶやくとキッチンへ向かい、デリバリーしたウニのパスタとポルケッタを、冷蔵庫から取り出す。
―こんな夕食には、あいつがピッタリだな。
そう思い、ワインセラーから2013年のオーパスワンも出してきた。そして革張りのソファーに腰を下ろし、プロジェクターを起動させる。
スクリーンに映るのは“フードトレンドの仕掛け人”の密着特集。ドキュメンタリー鑑賞は、趣味のひとつだ。
代々木上原にある3LDKの自宅。ここは、お気に入りのモノであふれている。
…だから、かつてここで麻里亜と半同棲をしていたなんて、もはや変な夢みたいだと思う。
元カノの麻里亜は6歳年下で、運輸会社の家系に生まれた生粋のお嬢様だった。
そして幼少期、同じ白金に住んでいたことで母親同士の仲がよく、物心ついた頃から家族ぐるみの付き合いをしていたのだ。
中学にあがってしばらくは疎遠になっていたが、ある年末、母親と訪れた初春大歌舞伎の会場で再会。そのままお茶をしたのがきっかけで、連絡をとるようになった。
麻里亜の白い肌。育ちの良さが滲み出ている様子。そして、いつもニコニコと静かに笑っている奥ゆかしさ。
気づけばそのすべてに惹かれていて、僕から告白をしたのだ。
それからの日々は本当に順調で、絵に描いたような幸福そのものだった。…少なくとも、自分はそう思っていた。
だから、忘れもしない。
僕らが突然終わったのは、いつもと変わりない、秋のとある休日だった。
この記事へのコメント
難しい。