2021.02.23
エナジーバンパイア Vol.1「裕紀さんのおかげで、ここ最近彼にも素敵だねって言われるようになったんです」
パーソナルトレーニングを受けにやってきたえりかが、会員証を出しながら受付で楽しそうに言う。
確かに裕紀の目から見ても、ジムに通い始めてからの3か月で、彼女は見違えるほど綺麗になっていた。
「それは良かったです!最近、イキイキしてますもんね」
すると彼女は、ふふっと笑いながら更衣室に入っていく。
―あんな美人の彼氏って、一体どんな男なんだろう。26歳の割に大人っぽいし、綺麗だよなあ。
自分のクライアントをそんな目で見るのは、良いことではないと分かっている。でもそう想像せざるを得ないほど、えりかは美しい女性だったのだ。
「えっ!?裕紀さん、独立されるんですか?」
1日のトレーニングを終え、彼女と談笑していたその時。えりかが驚いたように尋ねてきた。
ルルレモンのウェアをバッチリと着こなした彼女は、おでこにじんわりと汗を滲ませながら、こちらを見つめている。
「まだちょっと先になると思うけど、2年以内には渋谷あたりで経営者層をターゲットにしたパーソナルジムを開こうと思ってるんだ」
今思えば、別にえりかに言う必要はなかったはずだ。だが“独立する”ということをアピールすることで、カッコいいところを見せておきたかったのかもしれない。
「へえ、素敵ですね!私、広告の仕事をしてるので、何か力になれることがあったらなんでも言ってください」
「そっか、えりかさんは広告代理店に勤めてたんだっけ。いろいろ聞かせてほしいな」
やけに協力的な彼女の反応が嬉しくて、ついいろいろと話してしまう。
独立するにあたって、広告やPRの知識を持った人が周りにいなかったのは事実だった。そしてこの会話を機に、彼女との距離は一気に縮まったのだ。
最初は、トレーニング後のちょっとした隙間時間に話す程度。ただそこからプライベートでも会うようになるまで、そんなに時間はかからなかった。
「裕紀さんって、素敵なお店たくさん知ってますよね!いつも、私の行ったことのないようなところばかり連れて行ってくれるから」
その日選んだのは、三軒茶屋の裏路地を入ったところにある、行きつけのオーセンティックバーだった。
一見さんお断りの店だが、ここのマスターがパーソナルトレーニングに通ってくれているおかげで、いつも歓迎してくれるのだ。
「仕事柄、飲食店関係の知り合いが多いから。お店には詳しい方かもしれないな」
お酒が強いえりかは、裕紀の自慢話をニコニコ笑って聞きながら、美味しそうにラスティネイルを飲んでいる。グラスに触れる唇が妖艶な雰囲気で、思わず目を逸らしてしまった。
「そういえば、こんなふうに男と二人で飲んでても大丈夫?彼氏、気にしたりしないの?」
二人きりでこうして飲みに行けることは嬉しいが、このデートが原因で彼氏との仲が悪くなってしまうのは悪いな、という気持ちもある。
…というのは建前で、本音は彼氏とうまくいっているのか聞き出したかっただけなのだ。
なぜかというと、ここのところ一気に距離が縮まり、ハイペースで会うようになっているから。それに何となくだが、彼女の様子が前と違うように感じるのだ。
「ねえ、裕紀さん…」
そう言ってえりかは一口カクテルを飲むと、くるりとこちらを向いた。
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