「お腹、満たされました?まだいけそう?」
佐藤が、私の顔を覗き込む。
「いえ。もう大満足です!美味しかった〜」
「よかった。日奈子さん、綺麗で細いのによく食べるから、ご馳走しがいがあるよ」
佐藤の顔は、ワインのせいでほんのり赤く、ずっと緩みっぱなしだ。決してタイプの男性ではないが、褒められるとやはり嬉しい。
「それじゃあ、また」
「次は、お鮨でも行きましょう!気をつけて帰ってくださいね。あと...LINE聞いてもいいですか?」
先にタクシーに乗らせてもらうと、すぐに佐藤から連絡がきた。
『Kohei Sato:来週は空いてる日あるかな?^^』
白い背景にスーツ姿で腕組み。会社のインタビュー撮影の写真でも使ったのだろうと簡単に推測できるアイコン。
自撮りじゃなくて安心したが、どちらかといえば苦手な感じだ。すぐにはLINEに既読はつけなかった。
「運転手さん、ちょっと寝たいので、住所入れてもらえます?着いたら教えてください」
自宅がある下目黒の住所を伝え、イヤホンを耳に差し込む。
目を閉じると、ようやく自分に戻れた気がした。初対面の人と話すのは、楽しいこともあるがやはり疲れる。
いつ回復するかわからぬ景気。夏の賞与は下がったのに、マンションの更新が迫っている。都心に住み続けるだけで、お金がかかることにウンザリする。
自分のモチベーションを上げるためにも、次は恵比寿か広尾あたりに住もうかと考えたりもしたが、住みたいと思う高級マンションは、どこも予算オーバーだ。
結局、私のような普通の会社員の女が良い暮らしをするには、結婚相手の経済力に頼るしかないのかもしれない。
なんて世知辛いのだろう。
ようやくウトウトとし始めた頃、スマホが手の中で震えた。
『Kohei Sato: ここ、行ったことあります?よかったら来週どうですか?』
返事をしていないのに、佐藤からさらにメッセージが届く。
鬱陶しいな、と思いそうになったその次の瞬間、URLを見て驚いた。
予約が取れなくて有名で、行けることはないと諦めていたお鮨屋さんだったからだ。
気づいたら、手が自然と返信を打っていた。
『日奈子:行ってみたかったところです!ぜひ』
私って、なんて浅ましい女なのだろうか。でも行かない理由などない。
37歳で企業の役員ということは、それなりに稼いでいるはず。話を聞くかぎり一途そうだし、ギャンブルもやらず、金遣いも荒くはなさそう。
もしかしたら、かなりの優良株なのでは...?
ー好きになる努力をしてみよう。
恋の始まりにしては色気がなさすぎるが、婚活とはこういうものなのかもしれない。
クリスマスに年末年始...冬にひとりぼっちは、特に寂しいだろう。
換気のために開けられているタクシーの窓から流れ込む冷たい風を、今のうちにちゃんと感じたくて、わざと目を閉じたまま顔を向けた。
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2回目の食事に気軽に行ってはいけなかった…日奈子に降りかかった悲劇とは
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この記事へのコメント
普通の人は普通の暮らしをするんですよ。
自分の稼ぎ以上の暮らしをしようとするのは浅ましいです。
9月に知り合った人と「3回目のデートでお互いに嫌じゃなかったら真剣なお付き合いを」と言われて今日がその3回目のデート。
ドキドキしてますが、楽しんでこようと思います!