
本命昇格・虎の巻:さんざん弄ばれたけど“都合のイイ関係”を脱却したい…28歳女が教える必勝法
「なつめちゃーん、おはよう」
会議室のドアが開くと同時に、ふわりと香る花のような甘い匂い。美人はいい匂いと共に現れる。
「マイコさん、おはようございます」
「この前のSNS広告、めっちゃよかったわ!インスタの公式もフォロワー1万人増えたし」
マイコさんは声を弾ませながら、椅子に腰を下ろした。化粧品会社『アイム・アフロディーテ』の社長と、WEB広告代理店のクリエイティブディレクターという関係に絆が生まれ、マイコさんの関西弁(神戸やで)も大分耳に馴染んできた今日この頃。
最初に私の手掛けた広告が運よく大成功し、それから彼女は私を必ず指名してくれる。
「小さなお化粧品の会社やけど、私の全人生やねん」。マイコさんは事あるごとに言う。
歩けば男女全員が必ず振り向いて3度見する美貌で、社長なのに気取ったところがひとつもなく、彼女と会話したみんなが魅了される女性。
そんな人に、私はビジネスパートナーとして選ばれた。私の社会人人生は始まって6年足らずで、この先まだまだ長いが、最も誉れ高いことの1つになるに違いない。
「今回お願いしたいのは、これ。クリスマスコフレね」
「わあ、めちゃくちゃ可愛いですね。見るだけでテンションあがります」
「お値段も可愛くする予定やで。男の子も女の子も、クリスマスはお金かかるから」
悪戯っぽく笑ったマイコさんは、「そういえば」と言って小首を傾げた。
「なつめちゃんは今、パートナーおるん?」
予想外の質問。「パ、パートナーですか」と口ごもる私に、マイコさんが頷く。その弾みで、艶やかな黒髪がさらりと揺れた。
「うん、恋人。そういえば仕事の話ばっかりで聞いたことなかったなあって」
“恋人”というフレーズで、一人の整った顔がほわわーんと頭に浮かぶ。
「恋人…は、いません」
「『恋人は』ってそれ、恋人みたいなのはおるってこと?」
「違います違います」
ぶんぶんと首を振れば振るほど逆効果で、マイコさんは「あやしーい」と笑った。私は火照る頬に手のひらを当て、観念する。
「いいなって思ってるというか、好きだなっていうか、そういう人なら……」
「何それ、めっちゃ甘酸っぱいやん。ちゃんと聞かせて」
マイコさんが身を乗り出したと同時に、「遅れてすみません」と他のメンバーが入ってきた。
ほっとしたのもつかの間、「続きは後でね」と飛んできたウィンク。結局私は打ち合わせ後、オフィスビル16階の展望カフェでコーヒー片手に片思い話を洗いざらい打ち明ける運びとなった。
「何それ、めっちゃ甘酸っぱいやん」
きらん。マイコさんは子どものように目をきらめかせ、会議室で発したものと全く同じ感想を口にした。そして、その瞳と同じくらいきらめくネイルに彩られた手で、私の掌を握る。
「ね、3人でご飯行こ。うち、なつめちゃんのアシストするわ」
「え」
「よく言われんねん、キューピッドって。実績あるし、任せて」
ね、ね、ね。その勢いに、「実績って一体何の」と確認する間もなく、私は頷いてしまった。クライアントにあんなにぐいぐい来られて断れる人がいるなら、ぜひ会ってみたい。
この記事へのコメント
すんごいネーミング…