2020.10.13
やまとなでし男 Vol.1高らかな結婚宣言
古谷憲明(ふるや のりあき)、34歳。
外資コンサルで経験を積んだ後に独立、フリーのコンサルタントをしている。
旧知の会社や知り合いのスタートアップを中心にアドバイザリー契約をしており、年収3,000万。
住まいは、赤坂のタワーマンションだ。
銀座のギャラリーで働く恋人・遠野麻子(とおの あさこ)は、大学のテニスサークルの後輩で、OB会で再会したのをきっかけに交際をスタートさせた。
やはり男は経済力なのだと、思う。ルックスが良い方ではなかった憲明は、大学までは不遇の時代を送っていた。
それが一転したのは、社会人になってから。新卒で入った外資系コンサルティングファームは、名前を言うだけで女が寄ってくるようになったのだ。
これまで見向きもされなかったような女が自分に媚びへつらう。
「金で買えないものはない」
憲明は確信したのだ。愛も女も、お金さえあれば手に入ると。不遇の時代の分まで取り戻そうと、金とブランドに物言わせて遊んでいた憲明だが、ある時、サークルの集まりで麻子と再会した。
人気者の麻子の周りには、男が彼女を取り囲むようにしていた。その男の中の1人、ワンオブゼムになりたくないと思った憲明は、それを遠巻きで見ていた。
会の中盤。憲明がお手洗いから戻ろうとすると、偶然麻子とすれ違った。会釈して通り過ぎようとした時、彼女は、「憲明さんと話したい」と、連絡先を交換してとスマホを出してきた。
あの高嶺の花・麻子までもが自分に声をかけてくるなんて。サークルの連中は皆、エリート会社員だが、最も稼ぎがあるのは自分だ。
やっぱりお金ってすごい。連絡先を交換した2人は、その日以来頻繁に連絡を取り合うようになった。
てっきり、新卒で入社した美人ぞろいで有名な損保会社で働いているとばかり思っていたが、聞けば3年前に銀座のギャラリーに転職したのだという。
彼女は、どうしても夢が諦めきれず、安定した生活を捨ててアート業界に入ったのだと、生き生きと話してくれた。
美しく華があり、仕事をひたむきに頑張る芯のある麻子は、憲明の自慢の恋人だ。
そんな最高の彼女には、とっておきのサプライズで喜ばせたい。憲明のプロポーズへの力の入り方は、並々ならぬものだった。
「これに決めた」
ある日。
憲明は、銀座の宝飾店を1人で訪れていた。
“ジョゼフィーヌ”と称されたその指輪を一目みた瞬間に、これだと運命を感じた。
麻子ほど、この指輪が似合う女性はいないだろう。
即決した憲明は、先日の調査結果を踏まえて、“9号”をオーダーした。
予算はかなりオーバーしてしまったが、一世一代のプロポーズでケチケチするつもりはない。
当日は、プライベートデッキ付きの貴賓室でのクルージング、その後、帝国ホテルのスイートルームを予約している。
スイートルームには、バラの花束100本を準備する予定。
指輪も合わせると、総額250万の出費だ。
ここまで豪華なプロポーズを出来る男はなかなかいない。きっと、麻子も喜ぶはずだ。
船着場からホテルに向かうのも、流しのタクシーでは味気ない。リムジンでも手配しておこうかと、憲明は逸る気持ちを抑えきれずにいた。
◆
「俺、明後日麻子にプロポーズするから」
久しぶりにサークルの仲間たちと飲んでいた憲明は、高らかに宣言した。
「え、そんな自信満々で大丈夫かよ、お前」
サークルの中でも最も仲の良い吉野直樹(よしの なおき)が、ありがた迷惑にも心配そうに聞いてきたので、憲明は総額250万のプロポーズプランを説明する。
「さすが、憲明。リッチマンのやることは違いますねえ」
会場がドッと沸いた。
「憲明さんの結婚を祝して乾杯しますか!」
茶々を入れるサークル仲間の反応に、「気が早いわ」と突っ込みながらも、気を良くした憲明は、シャンパンを追加でオーダーする。
「今日は、俺のおごりだぁ。それじゃ、皆さん。明後日の報告をお楽しみに!
かんぱーい!」
お金に物言わせてるのもあるのかもしれないけど、結構自分の基準で準備とかしてるよね、ノリアキ。
なんか彼女振り回してそう。
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