2020.08.21
SPECIAL TALK Vol.71奏者の力量が問われる繊細でアナログな尺八
金丸:尺八という楽器自体のこともお聞きしたいのですが、まず譜面は五線譜のようなものが存在するのでしょうか?
田辺:今は譜面がありますが、元々はなくて、先生が吹くのを聴いて、それを覚えるというのが基本でした。
金丸:やっぱりそうなんですね。日本の伝統芸能ですからね。でもそれだと、多くの人に広めようとすると大変ですよね。
田辺:だから普及させる目的で、譜面が生まれたんです。都山流は明治以降に作られた比較的新しい流派なので、西洋の音楽様式も取り入れています。ざっくりいうと、五線譜が縦になった感じで、そこに「レ」とか「ツ」「チ」「ロ」と書かれていて。
金丸:カタカナ?!音符じゃないんですか。
田辺:尺八には穴が5つあって、指遣いに名前がついているんですよ。1本の尺八が出せる音は、2オクターブとちょっと。音域が広い曲の場合は、曲の途中で違う尺八に持ち替えたりします。
金丸:穴が5個しかないのに、2オクターブもカバーできるんですか。
田辺:音の高さは、息のスピードで調整します。半音はもちろん、ピアノの黒鍵と白鍵の間にあるような音を出すこともできます。穴の数こそ少ないですが、半分開けたり4分の1開けたり、あとは楽器と唇がどれだけ接しているかや、首の角度でも音程が変わるので、幅広い音を奏でることができるんですよ。
金丸:少しの違いが音にあらわれる繊細な楽器なんですね。
田辺:それに尺八は、奏者の体調がすごく音に出る楽器なんです。だから体調管理には気をつけていますね。私は寝ないとダメなタイプなので、いくら飲み会が楽しくても後ろ髪を引かれながら帰って、寝る時間を確保しています。それに食事は常に細かく調整しています。
金丸:たしかに吹くって、すごく体力を使いそうです。
田辺:だから、おなかが空くと吹けなくなるんですよ。でも唾液が出ちゃうと演奏しにくくなるので、演奏直前は甘いものは食べません。
金丸:やっぱり毎日欠かさず演奏しているのですか?
田辺:基本的には毎日です。時間は決めていないので、1時間だけという日もあれば、「今日は1曲仕上げる!」と朝から気合を入れて、家に引きこもってひたすら吹くときもあります。
金丸:じゃあ、もしかして田辺さんには、オフの日がないとか?
田辺:昔はそうでしたね。友人と出掛けても、翌週の本番が気になって気になって、心からリフレッシュできないというようなこともあって……。
金丸:それじゃあ気が休まりませんね。
田辺:なので潔く、強制的に完全にオフの日を作るようにしました。これが意外とよくて、新しいアイデアが浮かぶようになりました。
金丸:でも結局、尺八に結びついているんですね(笑)。そういえば、尺八は竹でできているから、ギターのように弦の張り方でチューニングすることができませんよね。
田辺:それも奏者が吹き方で調整します。
金丸:すごい(笑)。その日の天候や会場の環境によって、音程が違うのですか?
田辺:温度の影響をかなり受けますね。尺八は温度が低いと音が下がるんですよ。すごく寒い野外だと、吹いてみるまでどのくらい音が下がっているかわからないので、恐る恐る吹きはじめることもあります。
金丸:寒いし、チューニングも狂うし、大変ですね。
田辺:でも、野外だからこその良さもありますよ。去年、柴咲コウさんのライブバンドメンバーとして、広島の厳島神社で演奏する機会がありました。夜のステージで、潮がだんだん満ちてきて、すごく幻想的な風景のなかで演奏して。あの瞬間は、神様って本当にいるんじゃないかって思うくらい感動しました。
金丸:別世界のような美しい光景だったでしょうね。ところで、私は尺八の風を思わせるような音色って、すごくリラックス効果が高いように感じます。
田辺:実際に、尺八は倍音がたくさん出る楽器だということがわかっています。耳で聞きわけられる以上に、たくさんの倍音が出ているので、生で聴くとすごくリラックス効果があるといわれているんです。
金丸:すると、単に曲を演奏するだけではなく、尺八ならではの特徴を生かしたこともできそうですね。
田辺:そうですね。たとえば医療の現場で、専門家とタッグを組んで、音楽療法のひとつとしてアプローチすることができるかもしれません。
金丸:「尺八といえば年配の方」というイメージが私にもありましたが、お話を伺っていると変わるものですね。尺八は音程が変わりやすく、繊細でアナログな楽器だけど、奏者の力量次第でさまざまな音を出すことができる。それにリラックス効果もあります。ストレス社会の現代だからこそ、ゆったりとした尺八の音色に大きな可能性を感じます。
伝統を守るだけでなく、「やってみる」の精神を忘れない
金丸:最近のことも伺いたいのですが、田辺さんはユーチューブチャンネルを開設されていますよね。しかも、いわゆる純邦楽ではなく、洋楽やJポップをカバーされている。
田辺:大学時代は基本的に、伝統音楽と呼ばれるものを中心に勉強していました。大学側は古典の指導に重きを置いていたので、学園祭でも、先生方の許可が下りた曲しか演奏できなくて。
金丸:ユーチューブはその反動で(笑)。
田辺:当時からいろいろやりたいという欲はありました。今は特にその思いが強いので、自分でできることはやっていこうと。あと、もうひとつ理由があります。ピアノやオルガンといった西洋の楽器に比べて、日本の古典楽器はどうしても身近でないというか、「尺八をやってみようかな」と思ってもらえるフックが、世の中にはあまりないんです。だから、私が好きな曲やみんなが知っている曲を演奏することで、尺八に興味をもってもらうきっかけになればいいなと考えています。
金丸:それはとても重要なことだと思います。それに、ひとつの分野を極めようとすると、逆に周りが見えなくなることがありますよね。
田辺:たしかにジャンルの違う音楽家と共演すると、知らず知らずのうちに、自分で自分を縛ってしまっていたなあと気づくことがあります。私自身、保守的な面があって、過去に「いつまで同じことばかりやっているの?とにかくやってみたら!自分の殻を破らないと!」と言われたことがあります。ハッとさせられましたね。私は何に戸惑い、何に執着しているんだろうって。伝統芸能の世界はまさにそうですが、とどまることは衰退を意味すると思っています。
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