「京介、ごめん。京介以外の予定が大事な時もあるの。それがダメなら、別れましょう」
「え…本気で言ってるのかよ…」
「うん、本気よ」
愛莉はきっぱりと答え、京介を見つめながら頷いた。
日々生きていれば、選択を迫られる場面は幾度となくある。どっちの方角に向かえば良いのか道に迷ったとき、進むべき方向を導いてくれるもの。それは、羅針盤(コンパス)だ。
愛莉も、ブレない選択をするための「人生の羅針盤」を決めてある。
彼女の迷った時の判断基準は、「もっと美しくなれるかどうか」。それが愛莉の羅針盤。だから選択を突きつけられたときは、いつも自分にこう問いかけるのだ。
ーどちらを選べば、「もっと美しくなれる?」
美しくなるためには、「自由に使えるお金」「良い恋愛」「良い人脈」が必要。持論ではあるが、愛莉はそう考えている。
美容のメンテナンスには「お金」が必要だ。今はまだ20代とはいえ、美貌をキープするためには、これからはいくらお金があっても足りない。
そして、女が美しくいるために重要なのは、やっぱり「良い恋愛」だ。いつも刺激を与えてくれて、一緒にいることによって自分を磨けるような男を選ぶ。
恋人だけではない。綺麗でいたいと思うモチベーションを維持するためには、常に華やかな世界に身を置き、自分を高めてくれるような知人に囲まれていたいから、「人脈」も必要だ。
ー残念ながら、もう京介とは「良い恋愛」が出来そうにない…。
だから、この恋愛には見切りをつけることにする。
「京介、今までありがとう。さようなら」
愛莉はそれだけ言い残すと背を向け、午前中にやり残した仕事をこなすべく、颯爽とその場を去った。
◆
それから数週間が経ったある日、大学時代の親友・すみれからLINEが送られてきた。そこには1枚の画像が添付されている。
「ねえ愛莉、みて。Facebookで通知が来たんだけどこの写真、7年前の今日だって」
まだ学生だった二人が、就活スーツに身を包んで撮った写真。
『愛莉この頃から、絶対いまの会社に入るんだって言って、就活してたよね。昔から愛莉はほんっとブレないよね』
懐かしい思い出が、一気に蘇ってくる。そう、今の仕事は、サラリーマンの中できっと一番稼げるという理由で選んだ。
現在の年俸は、28歳にして1,300万。ほぼ計画通り、といってもいいだろう。
すみれの言うとおりだ。就活を頑張っていたあの頃から、確かに愛莉は一切ブレていないのだ。
その後、何通かすみれとのメッセージのやり取りをし、久しぶりに二人でランチをすることが決まった。
—だけど、すみれは昔の私を知らないけどね…。
大学に入る前まで、愛莉は「美しさ」とは無縁の女だった。もともと顔の造作は整っているのだが、ひたすら勉強に打ち込み、身に付けるものにもほぼ気を配らず、とにかく地味な存在だったのだ。
そして「美しさ」にこだわるような女を、「表面的で、薄っぺらい」と見下していた。
だが大学に入学して、同じ高校出身の女の先輩との再会が、愛莉を変えたのだ。かつて自分と“同ジャンル”だったはずの先輩は、昔の面影は一切なく、まるで別人のように美しい女に変貌を遂げていた。
“愛莉ちゃん、女は美しく綺麗でいなくちゃ。そうすれば、すべてがうまくまわるの…”
あのとき先輩の言う通りにして、良かった。たくさんの人脈、あらゆるチャンス、揺るぎない自信。一気に自分を取り囲む世界が変わった。美しくいれば、すべてうまくいく。
先日別れを告げた京介からは、何通もLINEが届いている。だが愛莉は、それを見ないようにして、スマホの画面を伏せた。
▶他にも:初デートでいきなり、男とお泊まり旅行!?だけどその夜、女が本気になりかけた理由
▶Next:7月17日 金曜更新予定
次週は、愛莉の親友・すみれのストーリー。ハイスペックOLだった彼女が、周囲の反対を押し切って決めた道とは?
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この記事へのコメント
彼氏と一緒に個展に行く
個展に行ってから彼と食事
という選択はないの?
しかし個展は前から日程分かってないのかな??
「美しい」と言っても、美貌だけじゃなくて、人脈とか恋人とか内面の話も入ってるし。
何より、人任せでなく自力で稼ぐっていうのが、他シリーズの美貌にこだわる女性とは格が違うと思う。
ただ、これだけストイックだと、家庭においては家族にストレスを与えがちだから、そこは考えた方がいいとは思うな。
分かるんだけどさ、何か釈然としない。