2020.06.04
君が僕で、僕が君で Vol.1横から見た彼は鼻が高くて、気の利いた照明のおかげで陰影がハッキリして、さっきよりも少しだけカッコよく見えるような気がする。
ムスクの香りと薄暗い照明が心をしっとりさせていく。
「この子、麗奈ちゃん、アブサン“ヴァージン”なんです」
彼は得意げな顔で私を紹介し、マスターにウィンクをした。あぁ、きっと酔いつぶして持ち帰る気なのだろう、と腰に回された手が急に忌まわしく思えた。
先ほど芽生えた淡い感情は、薄暗いバーで起きた誤作動ということで、映える写真が撮れたら適当にタクシー代を貰って直ぐに帰ろう!と強く決意した。
ー男ってなんでこんなに先を急ぐのでしょうね。もう少しじっくり焦らしてくれたら、こちらの気持ちも高まるかもしれないのに・・・。
下心さえ上手く隠すことが出来ず、欲望に負けてずかずかと土足で上がり込んでくる色気のなさに哀れみすら感じる。
ベッドでもこの調子なのだろうと“お察し”する。
件のアブサンは本当に美しいお酒だった。
まるで魔力が宿っているかのような美しい緑色をしていた。
アブサンファウンテンという給水器も、ポンタルリエというグラスもとてもお洒落な形をしていて、妖艶なオーラを放っていた。
アブサンファウンテンのコックを開き、冷水を一滴一滴と角砂糖に垂らす。滴り落ちる水滴を目で追っていると、うっとりとした気分になってきた。
緑色だった液体が落ちてくる水に反応して白濁していく様は、なんとも幻想的で写真を撮るのも忘れるほどだった。
「綺麗だねぇ」
「アブサンヴァージン卒業に乾杯!」
せっかくアブサンの魔力を借りて色気のあるムードが整ったというのに、彼の一言で台無しになってしまった。これ飲み干したらタクシー代割増してくれるかなぁなんて、悪どい考えが頭に浮かぶほど素面だった。
きっと“コカレロ”みたいなものだろう、と安易に飲み干した私が馬鹿だった。
喉が焼け付くように痛くなり、これが最後の記憶となった。
♢凌「・・・・・?!?!?!」
右腕が猛烈に痺れたのを感じ、目が覚めた。
酒が強いことを自負しているが、どうやら記憶を失ってしまったらしい。なにせアルコール度数70度のお酒だ。そのようなお酒を自らぐいっと飲み干す彼女を見て、「負けられない」と、男気を発揮してしまったようだ。
しかし、いつもの二日酔いのような頭痛や吐き気は一切なく、爽快感すら感じる奇妙な目覚めだった。ハーブを主成分とするアブサンの薬効によるものなのだろうか。
失った記憶に思いを馳せて、自分の胸もとに顔を埋めている彼女を愛おしい気持ちで撫でた。
「俺は確かに彼女を持ち帰ったのだ」と、勝利を噛みしめ喜びに酔いしれようとした時、強烈な不快感が右手を襲った。
絹のようにサラサラしていたはずの彼女の髪の毛に、ジェルのようなものがベッタリとくっついている。
「な…なんだ…?」
清楚な女子大生のはずが、まるで体育会系の男の頭を撫でているかのような妙な違和感を感じた。
まさか、バーカウンターでチルしていた西洋人をお持ち帰りしてしまったのだろうか。
右手に全神経を集中させ、呼吸を止めて、起こさないように、そーっと、頭を退けてみた。
「ヒィッ!ヒェエエエェェエエエエェェェェ」
▶NEXT:6月11日 木曜更新予定
凌の身に何が起こったのか!?隣にいるのは一体誰・・・
世の中的には定番ファンタジーだけど、東カレでだとどうなるかすごく気になる!
そしてアブサンバー?行ってみたい
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