「麗奈(れいな)ちゃん、アブサンって飲んだことある?」
「なにそれ?」
彼女の視線と僕の視線がようやく重なる。
—可愛い・・・
首を傾げながらキョトン顔でこちらを見つめる彼女を見て、今までの無礼は帳消しとなった。
「フランス語だとアプサント、英語だとアブシンス。聞いたことない?Europeの薬草系リキュール。ハーブやスパイスが主成分。ゴッホはアブサン中毒で死んだと言われているくらいアブサンにハマっていたんだよ」
「ハーブが主成分って美容にも良さそ〜。ゴッホがハマってたとかすごいですね」
ー彼女の目に光が宿り始めた。今日のデートで初めて引きを感じた。もう一押しだ。
確かな手応えを感じた僕は、彼女のテンションが下がらないうちにアブサンが写ったスマホ画面を見せつけた。
「見て、おしゃれじゃない?凄く綺麗な緑色でしょ。これはParisのLa Fee Verteで撮った本場のやつ。ポンタルリエグラスの上に角砂糖を乗せたスプーンを渡して、ウォータードリップで水を滴下するんだ」
「へぇ〜、映えますね。飲んでみたい!」
彼女のテンションが最高潮に達したところで、タイミングよく店員が通りかかった。
「チェックで!」
彼女は財布を出す素振りもせず、”奢られるのは当たり前です”と言わんばかりの顔で鎮座していた。
「ご馳走様です」という声が聞こえなかったのは、僕が2軒目への移動を急かしてしまったせいで言う暇がなかったのだろう。
そういうことにしておこう。
チェックを決めてから、5分も経たぬ間にアブサンバーに到着した。
♢麗奈:夢も浪漫の欠片もない。下心しかないサラリーマンの話はつまらない
友達の彼氏の友人が、私をインスタで見てデートを懇願してきたらしい。
将来有望な男だからと半ば強引に取り付けられたデートだった。
まったく気乗りしていなかったが、予約困難な星付きレストランに釣られてOKしてしまったのだ。
1軒目のレストランでは延々と自慢話を聞かされた。ちょいちょい挟んでくる発音の良い英語も気色悪い。明らかにつまらなそうな態度を示しているのに全く気付く様子もない。
彼の魅力は学歴や職業などのステータスと、それに付随する安定と将来性だけだ。
私が女子大生だからって、しがないサラリーマンのくせに、勘違いも甚だしい。マウントを取れる相手には態度が大きくなり、自分より上だと判断した相手には途端にゴマをするタイプなのだろう。
サラリーマンって女の話と仕事の自慢か愚痴しか言わないでしょ。
女の話も洒落た言葉で纏められず、あの女は美人だとか、あの女は簡単に落とせそうだとか、そういう下世話な話しかしない。
やっぱり私は壮大な浪漫を感じる億万長者な経営者や、クリエイティブな創造性を感じるアーティスト、バイタリティ溢れるスポーツ選手の方がよっぽど唆られる。
星付きのレストランでの"撮れ高"は十分だし、1軒目で切り上げよう、そう思って視線を上げた瞬間・・・
「アブサンって知ってる?」と、初めて興味深い話を振ってきた。
緑の液体を扱った理科の実験をお洒落にしたような写真を見せてきて「これは映える・・・」と、インスタグラマーの血が騒いでしまったのだ。
私のテンションが少し上がったことに気づいた彼は、早々にお会計を済まし、私をタクシーに押し込んだ。
着いたのは看板のない不気味なバーだった。
彼はただならぬオーラを醸し出す強面のマスターと顔なじみのようだ。カウンターの右端には気持ちよさそうにチルしている西洋人の男性が一人、腰掛けている。
彼は私を左端にエスコートすると、そのまま腰を抱いてきた。
この記事へのコメント
世の中的には定番ファンタジーだけど、東カレでだとどうなるかすごく気になる!
そしてアブサンバー?行ってみたい