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梓がインフルエンサー事務所「Cut-Co.(カットコーポレーション)」に転職してきたのは、3ヶ月ほど前のことだった。
それまでは、手堅くメガバンクのOLとして働いていた。
すごく好きな仕事というわけではなかったが、それなりに満足していたし、何よりも安定していることが気に入っていた。
学生時代から付き合っていた彼氏と27歳で結婚して、子供ができたら産休・育休とって…なんて勝手に人生の計画を立てて過ごしていた。
ところが、27歳の時に彼氏にフラれたのだ。理由は相手に他に好きな人ができたとか、そんなこと。
ー私の人生計画どうしてくれるの…?
“悲しい“というより、描いていた“妄想計画”が泡となって消えてしまったことに、怒りと不安を覚えた。
周りは30歳を目前にして、思い切って留学したり、必死に婚活をしている子もいる。
一方の梓は、『いったい私は、何がしたいんだろう』と悶々と悩む日々が2年ほど続いていた。
そんな時に偶然見つけたのが、「Cut-Co.」のマネージャー募集の記事だった。
『人のために働きたい方。コミュニケーション能力があり、インフルエンサーに興味があれば未経験でも可』
ーこれって、わたしのこと?
その募集記事を見た瞬間、心がザワザワしたことを今でもよく覚えている。
梓自身、日常の風景を写真や動画で撮ることが趣味で、よくSNSにアップしていた。
その関係で、インフルエンサーと言われる人たちに憧れがあったし、普段は、写真や映像を介してでしか見ることができない彼らの影響力の源を身近でみてみたいという興味もあった。
それに、彼らの存在に憧れる一方で、自分自身も、インフルエンサーとまではいかなくても「影響力のある人になりたい」、と心のどこかで思っていた部分もあったのかもしれない。
とにかくあの時「インフルエンサーのマネージャーになりたい!」という強い衝動に駆られたのだった。
何かを選択するときいつも、“無難な方”を選んできた梓にとって、かつてない大きな挑戦だった。
面接では、インフルエンサーへの愛を熱く語ったら、なんと通ってしまったのだ。
そこから、未経験・異業種の世界で、29歳・梓の新しいチャレンジが始まった。
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「梓さんって見た目は、おカタいOLって感じで、この世界のこと全然わかってなさそうだけどさ、マネージャーとして本当に大丈夫?」
転職して、初めて担当になったのが23歳の大物インフルエンサー・カナだった。
不慣れな雰囲気を醸し出しているため、カナは梓に対して不安気な言葉を発することも少なくなかった。
「大丈夫です!」
そんな風にいつも問題ないフリを装っていた梓。
だが、ついにそのカナの不安が的中してしまう事態が起こってしまったのである。
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