「プチ家出をして押しかけたのは、大学時代からの親友の家です。某有名モードファッション誌でエディターをしている彼女は独身。広尾で一人暮らしをしていて、いつも深夜帰って寝ているだけだから、気にしなくていいと言ってくれて」
真琴の実家は九州で頼ることができない。居場所を提供してくれただけでもありがたかったのに、真琴が避難してきたその夜、優しい親友は仕事を早く切り上げ、話を聞きに帰ってきてくれたのだという。
「私の話を聞いた親友は即答で、別れたら?と言いました。…まあ正直、私の年収もそこそこありましたし…別に夫がいなくても生活できる。浮気されても我慢して結婚生活を続けるような女にはなりたくないって、常々思ってもいました」
最初はぼんやりとしていた“離婚”の二文字。しかし親友が「許すべきじゃない」「私なら耐えられない」と繰り返すのを聞いているうち、徐々にその輪郭が色濃くなっていった。
「31歳で再び独身に戻るのは、確かにちょっと怖い。でもまだ十分にやり直しのきく年齢です。バツイチ女はモテるって聞くよ?なんて親友に言われたら、そうだよね!みたいに強気にもなったりして」
しかしその夜、親友と深夜遅くまで和也を罵り続け、「もう離婚しちゃえばいいや!」と開き直ってしまった途端…真琴の中で、急に別の感情が生まれた。
「少し気持ちが落ち着いてから、なんでこうなったのかなぁって振り返ってみたんです。そうしたら、私たちって夫婦なのに恋人の延長みたいな関係だったなって…。家庭に縛られたくないし、縛るのも嫌。干渉されたくないから、干渉しない。そうやってお互いを尊重しているつもりだったけど、一方でお互いに無責任すぎたのかもしれないって」
浮気に走った夫を許す気はない。しかし彼を野放し状態にしていた自分にも反省点はある。
それならば、もう一度だけ。離婚してしまう前に、もう一度だけ、夫婦の絆を取り戻すチャレンジをしてみてもいいかもしれない。
翌日、仕事を終えた真琴が21時頃に自宅へ戻ると、珍しく和也が先に帰って妻の帰宅を待っていた。
妻の姿を目にし、わかりやすくホッとした表情を見せた夫。そんな和也を見て、真琴も、凍り付いていた心にじんわり温かさが戻ったという。
そして彼女は、こんなタイミングで唐突とも思える提案を夫に持ちかけた。
「私とこれからも結婚生活を続ける気があるなら、二人でマンションを買おう、と言いました」
真琴も和也もこれまで、平日は仕事、休日も何やかんやと予定を詰め込んで、家でゆっくり過ごす時間がほとんどなかった。
それゆえ家にこだわりがなく、いつかは引っ越す賃貸の家だという考えもあって、必要最小限の物しか揃えていなかったのだ。
「これまで全く重要視していませんでしたが、家は夫婦が一緒の時間を過ごす大切な場所。家を心地よい場所にすれば、家庭を大切にしようという気持ちが育まれるのかもしれないと思ったんです。それに、住宅ローンを組んで家を購入したら、責任を持たざるを得ないですしね」
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