それから24時間体制での育児が続いた。
2時間置きどころか30分置きに颯太は泣き、そのたびに授乳するため、ちぎれそうなほど皮膚が痛む。
ようやく眠ったと思ってもベビーベッドに寝かせるとすぐにまた泣き始め、翠以外が抱こうとしても颯太は泣きわめく。
翠はただひたすら、颯太を抱き続けるしかない。
ゆっくりとお風呂に入る時間どころか顔を洗う時間さえなく、肩と首は、常にバキバキと音がしそうなほど凝り固まっている。
母親が料理や洗濯をこなしてくれるため助かってはいる。だがその分、首も据わっていない赤ちゃんと昼夜問わず向き合うことに集中しなければいけなかった。
腕の中で眠る姿はまさに天使のようにかわいいが、24時間、否応なしに翠を振り回す。大人しく眠るその天使のような寝顔を見て、なんとか自分を保っていたのである。
そして何より辛かったのが、窓に映る自分の姿が目に入るたびに、憂鬱な気持ちになることだった。
パサパサの髪とひび割れた唇。赤く充血した目の下には青いクマまでできている。東京で働いていた頃の自分とは思えない姿に、全身から力が抜けるような感覚がした。
それからも翠は必死で颯太を育て、半年が経った頃―。
その日は初めて行く公園までゆっくりと歩き、颯太を抱いてベンチに座った。いわゆる“公園デビュー”というやつだ。赤ちゃんを連れた他のお母さんはちらほら見かけたが、声をかける勇気がなかなか出ない。
結局1時間ほどベンチに座っていたが交流は生まれず、公園デビューはあっけなく終わった。
―颯太はこんなにも可愛いのに、どうして何に対してもやる気が沸かないんだろう・・・。
まるで自分と子どもだけが取り残されたような孤独感でいっぱいになる。
ー母親失格ー
この半年の間で、何度もその言葉が頭に浮かんだ。
自分は、子育ての喜びだけでは満たされないのだろうか。こんなこと、恥ずかしくて大樹にも相談できない。
しかしそう思うとき、颯太が不意に笑ってくれることがあった。何もわからない赤ちゃんのはずなのに、その純粋な笑顔でなんとか翠は自分を奮い立たせた。
翌日も、翠は颯太を連れて公園に行き散歩をして帰ってきた。
その日は離乳食を食べさせるため颯太を膝の上に座らせ、準備をしようと鞄の方に目を逸らした。
その一瞬の隙に、颯太が何かを掴んだのが目に入る。それは、テーブルの上にあった食べ残しのパンだった。気づいたときには口に含んでおり、慌てて取り上げたが、すぐに颯太は泣きだした。
顔が腫れたように赤くなっていく。
―どうして!?
翠は、パニックになった。
母親は買い物に出かけていて家には誰もおらず、急いで救急車を呼び、泣き叫ぶ颯太を抱きしめた。
◆
「お子さんにはアレルギーがあります」
病院でそう告げられたとき、翠はもう疲れ切り、何と返事をすればいいかわからなかった。
その横で看護師が泣き続ける颯太に、薬を飲ませようとしている。
まず大樹に連絡をしなければ、と翠はスマホの通話ボタンを押したが、いっこうに繋がらない。
2、3度かけたあと「いま会議中」という、何とも素っ気ないメッセージが届く。
―この子を守るためには、私一人が頑張るしかないんだ……。
翠は唖然としたまま、その場に立ち尽くした。
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それでも職場復帰に向け動き出す翠!保育園探しに奔走する
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この記事へのコメント
生後半年で、離乳食を公園で食べるってのが気になる。
まだ10倍粥が始まったばかりの頃のはず、、、