ワーキングマザー。
それは働きながらも子育てをする母親の総称。
独身を謳歌するバリキャリ女子でもなければ、家で夫を待つ専業主婦でもない。
“母親”としてだけでなく、1人の働く女性としてキャリアを積みたい、と願う女性たちのことである。
だがそんな彼女たちに待ち受けるのは、試練ばかり。
青山にある専門商社に勤める、桐本翠(28)も、ワーキングマザーとなった1人。
数多の試練を乗り越え、母として、女性として輝くためには―?
「翠の復帰、みんな待ってるから!元気な赤ちゃんを産んでね」
今日は、会社の最終出社日。
最終出社日といっても会社を辞めるわけではなく、明日から産休に入り、1年後に職場復帰する予定だ。
翠は、会社の同期たちに手を振りながら笑顔で応えた。
「ありがとう!」
持ちきれないほどのお祝いの品をタクシーの後部座席に運び込み、大きくなったお腹を抱えるようにして、その隣に乗り込んだ。
タクシーが出発すると、翠は柔らかなシートに身を預けた。
◆
今日は妊娠のお祝いをかねて、新宿のイタリアン『プレゴプレゴ』で同期たちが集まってくれた。
青山に本社のある専門商社に入社して、5年。営業として働き詰めの日々だったが、地元埼玉の病院で出産するため、明日からは久しぶりに里帰りする予定だった。
身体はいまのところいたって健康で、出産に対する不安要素は、ゼロ。
同期の中で誰よりも早く結婚し子どもを産む自分は、人生の一歩先を進んでいる、と信じて疑わなかった。実際今日だって、同期の女子たちは、誰もが翠に羨望の眼差しを向けていた。
帰りのタクシーの中で、翠は家に着くのを待ちきれずに、次々とプレゼントの紙袋を開けた。
ディオールのルームウェア、ティファニーのベビー食器……。どれも自分の描くマタニティーライフを飾るのには十分な品物だ。
翠はそれらを満足げに眺めながら、スマホの通話ボタンを押す。
「大樹? 今タクシーで帰ってるんだけど、荷物持ちきれないからマンションの前まで来てくれない?」
慌てて返事をする夫の声を聞いて、電話を切る。妊娠が発覚してからというもの、夫の翠への対応は、まるで“お姫様扱い”だった。
翠は満ち足りた気持ちで、窓に流れる東京の夜を眺めていた。
この時、東京でのこんな満足感を得られるのが最後になるとは、まさか夢にも思っていなかったのである。
この記事へのコメント
生後半年で、離乳食を公園で食べるってのが気になる。
まだ10倍粥が始まったばかりの頃のはず、、、