麻友が帰国したのは水曜日だ。きっと、さすがに翌日には返事が来ると思ったが、既読さえつかない。
週末まで待とうと決め、荷ほどきや片付けなどに専念して過ごした。
数日返事がないのは日常茶飯事だ。ただ、既読の確認もできないとさすがに安否が心配になってくる。
帰国を待ちわびていてくれるはずなのに、連絡すらないなんて。
その週末の土曜日、麻友は日本橋の「松川」を訪ねることにした。そこは松川家の実家でもあり、良輔の住まいだ。
もっとも、仕事が立て込むと六本木のビジネスホテルが仮住まいとなるので、実家にいる日は極めて少ない。
それを分かった上で、義両親に帰国の挨拶をしようと、カナダの手土産を持って日本橋へ向かった。そこで挨拶がてら、良輔の様子を少しでも聞き出せればと考えたのだ。
義両親は人当たりも良く、何より麻友のことを本当の娘のように可愛がってくれているので、良輔抜きで会うことにはすでに抵抗はなかった。
再会の挨拶を笑顔でかわし、メープルシロップやクッキーを手渡すと、2人はとても喜んでくれた。
「さっそく良輔と国内旅行にでも行ったのかと思ってたわ。あの子、珍しく長期休暇なんか取って」
「…え?」
「わかったわ。新居探しか、結婚式の準備が忙しいのよね」
麻友は、もやもやとしながらも適当に相槌を打ち、その場を過ごした。
ー長期休暇?なにそれ、どういうこと?
帰宅後もずっと混乱したままだ。
休暇を取るなんて聞いてないし、連絡も取れないのだ。だいたい、仕事が忙しいから成田空港へ迎えには行けないと告げられていたのに。
何度LINEを送っても、電話をしても、良輔の応答はない。
そうして、ほとんど眠れぬまま迎えた日曜日。
明け方、麻友は悪夢のようなLINEで目が覚めた。そこには、こんなメッセージがあったのだ。
『婚約を、白紙に戻したい』
スマホに表示された文字に目を疑う。
…悪い夢を見ているだけだと、麻友は思わずシーツを握りしめる。
いったん、深呼吸をして、もう一度スマホを見る。しかし、そこに示された非情な言葉に変化はない。
―何が起こってるの?
思考は停止し、目の前が白く霞んでいくのを感じた。
麻友は祈るように、LINEの続きを待つ。
“嘘だよ。ごめん。4ヶ月間も放置されて寂しかったから、いじわるしたくなったんだ”
きっと、良輔はそう続きを送ってくるはずだ。だって、何一つ私たちの間で変わったことなんて…。
必死で自分に言い聞かせようとした。だけどー。
本当は麻友には、心当たりがあった。
カナダを発つ前から抱いていた、ある違和感。
空港に来てくれた両親には強がってあんなことを言ったし、麻友自身も、彼が仕事で大変なことや、連絡を普段から密に取り合うタイプでないことを言い訳に、なんでもないのだと思い込もうとしていた。
けれど、今まで連絡がマメではないのはいつだって麻友の方で、良輔はどんなに忙しくても、必ず返事をくれた。
愛する婚約者の4ヶ月ぶりの帰国の知らせに、彼が返信しないはずがないのだ。
ーいつから、おかしかった?
麻友は自分に問いかけるように、胸に手を当てた。
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この記事へのコメント
これは無いよ、良輔