
32歳のシンデレラ:「私は、30代に何を願えばいい…?」上京の夢を諦め、地元で30歳を迎えた女の決意
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「千尋、おみくじの結果なんだった?」
大学4年生の千尋は、大学の友人である明日葉とともに浅草寺を訪れていた。
明日葉とは大学1年生のときからの仲だ。2人とも四国から関西の私大に入学した。でもお互い第一志望は東京の大学だったから、関西人たちにひっそりと隠れ、東京への憧れを語り合い、段々と仲良くなっていった。
2人とも東京に憧れているわりには、派手な装いでもなかったので、“卒業したら東京で働きたいね”というのは2人だけの秘密だった。
そして力を合わせて就職活動を戦い抜き、明日葉は商社の一般職に、千尋は損保会社の一般職に内定が決まった。
高給取りでは決してないが、大企業にはかわりなく、一人暮らしに不自由することもない。
2人は4年越しに、ようやく夢を叶えたのだ。
「千尋ちゃん上京するの?」
驚いたような、不思議そうな顔で何度となく地元や大学の友だちにそう声をかけられ、千尋はその度に少し顔を赤らめてうなずいた。内に秘めていた野心を見透かされたようで、恥ずかしくて仕方なかったのだ。
そして大学4年生の夏、たまたま2人とも同じ時期に東京で内定先の事前研修があったので、タイミングを合わせて観光をしようということになった。
「たしかさ、浅草寺って凶多いんだよね。なんかドキドキしちゃう」
千尋はそう言いながら、そっと折りたたまれたおみくじの紙を開く。そこに書いてあったのは待ち構えたような『凶』の文字だった。
「これからようやく上京生活が始まるっていうのにね」
明日葉がちょっと怒ったような口調になったので、おみくじに怒っても仕方ないじゃない、と千尋は笑った。
もう内定ももらっているし、大学の単位もすでにそろっている。あとは卒業するだけで、不安要素は何もないはずだった。
「あっちに括りつけてくるからちょっと待ってて」
千尋は、おみくじを細く折り畳む前にもう一度ざっと目を通した。
“命と同じくらい大切なものを失う恐れがある”
“願い破れる”
―願い破れる、か……。っていうか、願いって何だろう……。
上京するという夢ももうすぐ叶うし、もはや願い自体が思い浮かばない。破れるも何も、もう叶ってしまっているはずだ。
「千尋―、早くー!」
先を行く明日葉が急かすように手を振っていたので、千尋は紙を括りつけ明日葉の方へ向かった。
お賽銭をし、「社会人生活がうまくいくように」と願う。
―これできっと大丈夫。
そう自分に言い聞かせたのとは裏腹に、凶を引いたときから、直感的に何か嫌な感覚が千尋を襲っていた。何かが崩れてしまうような、引っかかるような感覚。
―おみくじの結果に影響されているのかな……?
その不安感をかき消したくて、千尋はいつもより明るい声で明日葉に話しかけた。
この記事へのコメント
親は子供が巣立つまで、元気でいないといけないよね。
子供の幸せ願うなら、自分の健康にも気を配って欲しいと思います。