金曜日の朝、通勤風景はいつもより華やいでいる。
風になびくフワフワスカートやヒール率が高く、すれ違うOLたちは、金曜だからか明るい顔つきに見える。その様子を見ているだけで、なんだか微笑ましい気分になった。
真理子は、大手飲料メーカーでPRの仕事をしている。赤坂の駅に着くと、梅雨の合間の青空を見上げた。
「山崎さん、おはようございます、昨日は助かりました。ありがとうございます」
声をかけてきたのは、先月外資系PR会社からマネージャーとしてヘッドハントされてきた年下の上司・黒田陽介(35歳)だ。海外向けのPRに力を入れていきたい真理子の会社にとっては、最適の人材だった。
「黒田さん、おはようございます。いえ、お役に立てて光栄です」
真理子は黒田に向かって軽く頭をさげると、ニッコリと微笑んだ。昨日、急遽変更になったクライアントの意向を踏まえて、真理子が新しく企画案を作成したところだったのだ。
「黒田さんってかっこいいですよね、寡黙だけれども仕事できます!というオーラが」
「帰国子女で慶應の法学部出身らしいですよ。結婚しているのかな」
女性陣がそんな噂をしているのを、耳にしたことがある。身長は180㎝近くあり、イケメンと言えなくもない顔立ち。コミュニケーション能力が高く、仕事が迅速かつ丁寧だった。
ランチタイムに、真理子は、ひなのともう一人の後輩の3人で『赤坂 鳥幸』にいた。
「真理子さん、昨日は無事帰れました?私、飲みすぎちゃって、今日は二日酔いで午前中は、ぼーっとしてました」
「あの後バーで、けっこう盛り上がったんですよ。今度みんなでゴルフ行くことになったので、真理子さんも一緒に行きましょ!」
「え?あ、うん、そうね。ゴルフだったら、私、腕には自信があるのよ」
その後も二人は、真理子がパスした二次会の話で盛り上がっている。そのテンションについていけずにいると、ひなのが気を使ったのか、慌てて話題を変えた。
「それにしても、真理子さん、新規の海外クライアント向けのプロジェクトリーダーに大抜擢ってさすがですね。黒田さんも、頼りにしてるみたいですよ」
「ひなのったら。おだてても何も出ないわよ」
つい照れ笑いしたが、お世辞抜きに真理子は、会社では「仕事ができて、親しみやすい美人」で通っているのだ。"頭の回転が速くて機転が利く"と評価されており、上司にも部下にも気に入られる存在だ。
ー本当は、"お局様"にならないように細心の注意も払ってるけどね。
後輩たちに対して、口うるさくはなりたくない。だけどきちんと指導やフォローは欠かさずに。社歴が上だからといって決して偉ぶらず、彼らの意見にもいつも耳を傾ける。
黒田のような“年下の上司”なんていう設定にも、この年になると慣れてきた。
しかし、化粧室に席を立って戻ってきたときに聞こえてしまったのだ。後輩たちが話しているのを。
「真理子さんって見た目は若くて綺麗だけど、滲み出る貫禄なのかな。気を使ってたよね、昨日の男性陣。結局なんだかんだいって、真理子さん帰った後の方が普通に盛り上がったしね」
「さっきは二次会の話なんてしちゃって…気を悪くしてないかな…?」
「帰るって言い出したのは真理子さんなんだし、大丈夫じゃない?そもそも真理子さんも、私たちが人足りなくて困ってたから、親切で来てくれただけでしょ。さすがに本気で婚活も出会いも、求めてないだろうし…」
ーか、貫禄…?私って、貫禄が滲み出てるの…?
その言葉は、あまりにショッキングであった。
◆
ランチが終わってデスクに戻った後、真理子はさっきの後輩たちの言葉を思い返していた。
あの後、真理子は何も聞いていないフリをして笑顔で席に戻ったけれど、少なからず動揺していたのだ。
二人に悪気はないと思う。これが、40代の真実なのだろう。
ーもし、私が結婚していたら、こんな惨めな気持ちにならなくて済むのかな。40歳という年齢も気にならないんだろうな…。
胸がチクリ、と痛んだのは、貫禄があるなどという衝撃的な単語を耳にしたからだけではなかった。
『さすがに本気で、婚活も出会いも求めてないだろうし…』
ひなのが最後に呟いたその一言が、真理子の心に重くのしかかっていた。
たしかに、以前だったら当然のように聞かれていた「婚活してるの?」とか「最近いい出会いあった?」なんていう質問を、誰からもされなくなったのはいつからだろう。
ーちょっと待ってよ。40で、出会いを求めちゃいけないの?婚活しちゃダメなの?
だけど、このまま誰かとキスすることもなく、"何もない"まま人生を終えるなんて絶対にゴメンだ。
そのとき、真理子は心に誓った。
ー何歳だとしても、恋愛も結婚も仕事も、諦めたくない。私、絶対に幸せになる…!!
こうして、真理子のシアワセ探しが始まったのだ。
ちょうどそのタイミングで、昨日のお食事会メンバー早川からLINEが届いた。
『昨日は、楽しかったですね。早速ですが、来週の金曜日食事でもどうですか?』
『是非、楽しみにしています!』
昨日までの真理子だったら、こうした誘いに飛びつくこともなかったかもしれない。だけどこのときは、タイミングの良さに運命を感じながら返信したのだった。
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誕生日に、思わぬ人からLINEが届く…。真理子の人生が動き始める!
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この記事へのコメント
素敵な男性と結ばれるハッピーエンドに期待!笑