「この男じゃ、あの子に勝てない」
「30歳あたりで仕事も楽しくなってきたし、自分は結婚“できない”女じゃない。だから、中途半端な結婚はしないって思ってました」
数年前まで、美香は結婚願望を持ちながらも、特に危機感は感じていなかった。
素敵な男性は多くいたし、出会いにも困らない。責任ある仕事を任せられるようになり、能動的に働く楽しさも知った。
仕事もプライベートも充実する中、無理に結婚を決める必要もない。
しかしそんな中、周囲の女たちは30歳を節目にどんどん手堅い男と結婚を決めていったそうだ。
「20代に散々チヤホヤされて楽しく過ごした友人が、年収1,000万そこそこの男性に落ち着いていくのが不思議でならなかったですね。だいたい歴代の彼氏よりレベルが下がってるんですよ。要は、収入がね」
美香は、少しずつ早口になる。
「で、結婚した子たちの言い分はこうです。“安心と堅実が一番だから”“お金のある人は浮気するって学んだから”。でも、夫婦共働きで生活費出し合って、家事の負担まで増えるなんて、それが幸せだなんて思えなかった」
好きなときにブランドバッグひとつ買えない生活。
妻という立場と引き換えに物欲を抑えることは勿論、都心から郊外に引越す女もいた。
家事や子育てでボロボロになった爪、ヒールからスニーカーへ。流行りのレストランやカフェの情報にも疎くなった既婚女たちを目の当たりにするたび、そんな生活はしたくないと実感したそうだ。
「結婚すると満たされて物欲がなくなるとか、静かな場所でゆっくり暮らしたくなるとか、そんな話を聞くたびに辟易してました。言い訳がましいなって」
「でも、彼女たちって必死に子どもの寝顔や手作りのお弁当なんかをSNSに上げるでしょう。哀れに見えましたね。なのに、全然羨ましくもないのに“早く結婚した方がいいよ”って、馬鹿の一つ覚えみたいに忠告されて......」
既婚女に対して厳しい意見を連ねていた美香だが、そこにはきちんと理由があった。
“独身”であるがゆえ、結婚して子どもを産んだ女から当然のように見下されることが日常茶飯事だったのだ。
「子ども産めないよ、寂しい老後になるよ...とか、そんな忠告聞くたびに不快になりました。大した結婚生活送ってる訳でもないのに上から目線で」
女の攻撃性は、大概は自分を守る防御策なのだろう。
そうしてお互いに笑顔のまま攻撃的な会話を続け、終いにはマウンティング合戦となることもあった。
「だから私、絶対に20代で結婚した子たちより良い結婚をするって、無意識に決めてたんです」
—この男じゃ、あの子に勝てない—
いつの間にか、美香の男性を見る基準は歪んでいた。
年収1,500万の彼は悪くないけれど、この外見では“あの子”の夫に劣る。スタートアップ企業に携わる彼はエネルギッシュで魅力的だけれど、やはりブランド力で馬鹿にされるかも知れない...。
新しい出会いが訪れるたび、美香の頭には既婚女たちのせせら笑う顔が目に浮かんだのだ。
「でも、私は世間の風潮に流されて...いや、騙されたんだと思います。このご時世、女も第一線で働いて活躍すべきとか、30代は女盛りだとか。
...そんなの、嘘ばっかりなのに」
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