
「彼女に嘘をつき続けるのが苦痛…」早朝、女の部屋から静かに去った男の、誰にも言えない葛藤
資産家の令嬢。海外育ちで苦労せず3ヵ国語を操る上に、学歴もあり、美しい。
挫折を知らず、誰かを羨むことも恨むこともなかったせいなのか、光希は常に無邪気。世間が知る彼女のイメージとプライベートの顔は全く変わらず、つまり裏表がない。
闇や、やましさを微塵も感じさせない人だ。
僕に対する好意もどこでも隠すことなどせず、むしろ週刊誌に撮られちゃいたい、なんてことまで言って事務所を困らせている。
長いキスが終わり、鼻が触れ合う距離で光希と目が合う。彼女は照れたように笑い、僕をベッドに押し倒してピタリと寄り添うと、僕の胸に頭を乗せた。
「…やっぱり聞くことにする」
いつも躊躇のない光希の声に、迷いのトーンが混じっている。
珍しいなと思いつつ、何を?と声を掛けると、光希は、うん…などと少し言い淀んだ後、こちらを見上げて言った。
「…みっちゃんって、誰のこと?」
「…え?」
不意打ちにあい、固まってしまった僕の返事を待たずに光希は続けた。
「さっきレオさんが、私をそう呼んで抱きしめたの。私のことだったら嬉しいなと思ったけど…多分違うよね。
すごく優しい声で、みっちゃん、って何度も言ってた。レオさんが寝てる時にいつもある眉間のシワもなくて、穏やかな顔してた。レオさんにそんな顔させる女の子がいるなんて思うと私、その子のこと、すごく羨ましいな。
みっちゃんって、昔の彼女?」
「…僕がそんなことを言ってた?でもみっちゃんなんて…知り合いにもいないけど。光希ちゃんのことを、寝ぼけてそう呼んじゃったのかも」
敢えて茶化した口調でそう言い、彼女の白い背中に腕を回して抱きしめた。
けれど、僕を見つめる光希は笑わず、誤魔化されてはくれなかった。
「その人のことが忘れられないから、私も…だれのことも彼女にしてくれないの?その人と私、もしかして同じ名前だったりするの?」
どんな表情も見逃さない、と言わんばかりの光希の強い眼差しに、僕は後悔した。今までどんな女の子と眠っても、こんなことはなかったのに。
―この子に気を許しすぎたのかもしれない。
光希を抱きしめて眠った時に感じる体温。その熱を心地よく感じ始めていた自分に呆れる。僕にそんなまどろみのような時間が許されるわけはないのに。
「…そんな子はいないよ。僕が恋人を作らないのは…」
僕に向けられたままの澄んだ瞳に、その先の言葉を選べずに口ごもってしまった。
―なんでいつものように、適当な嘘がつけない?
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