
「彼女に嘘をつき続けるのが苦痛…」早朝、女の部屋から静かに去った男の、誰にも言えない葛藤
別人になって15年。もう息をするように嘘をつけるはずの僕が、光希を前にするとそれが苦しくなるなんて。
「今じゃなくていもいいから…いつか私に、本当のことを教えてくれる?」
しばらく沈黙が続いた後、腕の中の光希がそう言った。
「…まだ、早いから、もう少し眠ろう。今日は大事な打ち合わせがあるから寝不足だとまずいんだ」
またうまい返事が見つからず、戸惑いながらそう言った。
光希が、ゴソゴソと子猫のように僕の胸に顔を埋め、しばらくすると寝息を立て始めた。それを確認してから、僕はベッドをすり抜けるとシャワーを借り、帰り支度をする。
スヤスヤと眠る穏やかな光希の寝顔とは対照的に、窓の外の雨は激しくなるばかりで、時折遠くで雷も鳴っている。
不意に光希の頰を撫でたくなった衝動を抑えながら、その寝顔をしばし見つめる。
『いつか、本当のことを教えてくれる?』
光希がどんなつもりでそう言ったのかは分からない。でも。
―秘密を告白すれば…楽になれるのかな。
馬鹿げた考えだと思いながら、僕は静かに光希の部屋を出た。
◆
「今回の企画を担当いたします、須田歩です。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
僕が光希の部屋を出て、およそ5時間後の午前10時。
約束の時間の5分程前に、僕の事務所に訪ねてきたのは、記者の須田歩と、カメラマンを名乗る男性の2名だった。
―調査報告書の写真より少し大人びて見えるな。
調べ上げた彼女の情報を頭の中で復習しながら、僕は素知らぬ振りで彼女に、はじめまして、と言った。
純文学の編集者を志望していた須田歩が、誰もが異動したがらないほど仕事がキツイという、週刊誌truthの記者に立候補したのか。
それに気になるのは、僕をあからさまに嫌っているあの名物編集長の田村が、僕の連載を許したことだ。
田村にはこれまで、嫌な記事を書かれたことが一度や二度ではないし、出版社やスポンサーがらみのパーティで会った時に、酔いの回った彼に、あからさまに絡まれたこともある。
「レオナルドさん、でしたっけ?あんたハーフのイケメンってだけで成り上がれるなんて、ラジオ業界は簡単なんですねぇ。まあうちら、紙の人間には関係ない話ですけど。
俺の直感が、あんたのこと胡散臭い、ってビンビンに警告してるんですけど。あ、俺は勘で仕事してるようなもんですから、結構当たるんですよ。でも世間ってやつは顔がいい男には簡単に騙されるもんですねぇ」
僕を彼に紹介した田村の上司に当たる人物は、慌てて僕に謝り、田村を僕から遠ざけたけれど、僕は妙に感心してしまった。以来、彼には一目置いているし、彼には気をつけるようにと茜さんからもずっと言われてきた。
―彼が許すような企画じゃないだろう。僕が語る夢の話なんて。
だから、僕にはほぼ確信に近い仮説がある。この企画は僕を嵌めるためのダミーだ。それを分かっていて、僕はこの企画を受けたのだ。
―さあ、ボロを出すのはどっちでしょうね、須田歩さん。
ーレオは、歩の罠から逃れるため、ある条件を提示する。歩はそれを渋々承諾するが…?ー.....
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