お互いの住んでいるエリアの話になり、私は何気なく彼に聞いてみた。
「ミツルさんは何区に住んでるんですか?」
「僕は海が好きで・・・実は、鎌倉在住なんです」
「え?か、鎌倉ですか!?」
“そう来たか!”と思わず叫びそうになる。私はこれまで、23区に住む数々の男性に会ってきた。しかし鎌倉とは、想定外だ。
「会社、青山の辺りですよね?遠くないんですか?通勤とか大変そう・・・」
「それがね、湘南新宿ラインか横須賀線を使えば意外に近いし、一度向こうの方に住むともう離れられないんだよね〜。今度、遊びにおいでよ。案内するから」
「本当ですか!?行きたい!」
ミツルの話は興味深く、私たちの会話はポンポンと弾み、遊びに行く約束までしてしまった。
そんな私達を微笑ましく見ていた希恵さんだが、“ごめん、私この後ちょっとお台場に行かなきゃいけなくなったから、二人で楽しんでね”と言って店を出てしまった。
そして、すぐにタクシーに乗り込んで帰ってしまったのだ。
ーだがこの後、希恵が恐ろしいことに巻き込まれるなんて、この時は誰も分からなかったのだ・・・。希恵の恐怖の体験は、4P目で要チェック!ー
◆
—週末、鎌倉にて—
鎌倉駅を降りると、心なしか海の匂いが鼻をかすめる。鎌倉は静かな冬が終わり、騒がしくなる夏に向けて賑わい始めていた。
「里香ちゃん、こっちこっち!」
改札を出ると、ミツルが車で迎えに来てくれていた。
シンプルな白のTシャツに、くるぶし丈のパンツにローファー。ギラギラ感は皆無で、むしろ爽やかなミツルが眩しくて私は目を細める。
「今日さ、何時まで大丈夫?」
東京へ帰る最終電車は23時39分だ。 その時刻を伝えるとミツルはニコッと微笑んだ。
「OK。じゃあ今日は、僕が里香ちゃんの1日をいただきます。絶対楽しませるし、鎌倉を好きになって帰ってもらうから、覚悟しておいてね!」
そしてその宣言通り、私はこの1日のデートですっかりこの街に魅了されてしまった。鎌倉だけではない。この場所に住む、ミツルという男にもだ。
「ランチの場所、迷ったんだけどあえてクラシックな所で勝負しようかなと思って。後で海沿いをドライブするから、最初は山側からね。みんな海を目指して鎌倉へ来るけど、実は山側もいいんだよ〜」
そう言って笑うミツルが連れて行ってくれたのは、高級別荘地である鎌倉山の中にある『ローストビーフの店 鎌倉山本店』だった。
口の中に入れた瞬間、上品な旨味が溢れだす。柔らかくてジューシーなローストビーフに私は思わず感嘆の声をあげる。
「お、美味しい・・」
そんなローストビーフの余韻に浸りながらミツルに尋ねる。
「ところで、どうして鎌倉にお住まいなんですか?」
何も飾らず、自然体。髪もキチッとセットしているわけでもなく、かなりラフだけど会話の端々にセンスの良さが垣間見られて、お洒落だ。それでいて、どこか掴みどころがなくてちょっと危険な雰囲気もある。
そのバランス感覚がとても良くて、私は妙にドキドキしてしまう。
きっと彼なら都内でも良い所に住めるし、馴染むはずなのに。
「なんだろうね。一言で言うと、自分の居場所を見つけに来たのかな」
この時の私は、まだこの言葉の意味を分かっていなかった。しかし、最後にはこの意味を理解することになるのだ。