都会と自然。憧れと親しみ。新しさと懐かしさ…。
三軒茶屋という街には、まるで東京の全てが詰め込まれているようだ。
1年前の失恋の傷が癒えない久保田武弘(34歳・独身)は、気分転換のために引っ越してきたこの街で自由気ままな独身生活を送っていた。
だが、食事会で出会った志保の自然体な魅力に次第に惹かれてしまう。遠距離恋愛中の彼氏がいるという志保を好きになっても、幸せになれるはずはないと分かっているのに。
傷つくことを恐れるあまり、必死で自身の気持ちを押さえつける武弘。
孤独を貫く男が、三軒茶屋で手にするものとは…?
名ばかりのノー残業デーを終えた水曜21時。武弘は、三軒茶屋駅近くの餃子店で餃子をテイクアウトすると、すずらん通りの賑わいを横目に帰宅を急いでいた。
―帰ったら餃子とハイボールで晩酌しながら、何か映画でも観よう。
駅から自宅の 『ザ・パークハビオ 三軒茶屋』まではほんの8分程だ。エントランスを通過した武弘は、鼻歌を歌いながら玄関のドアを開ける。欧米スタイルのフラットな玄関で革靴を脱ぐと、律儀にシューズインクローゼットへと並べた。
一人暮らしの部屋には十分すぎるほど広さのあるシューズインクローゼットには、趣味で集めている靴がズラリと並んでいる。
年収1,000万円を超えているにも関わらず、以前恵比寿で元彼女と同棲していた時にはなんとなく趣味にお金を費やすことを遠慮してしまっていた。
しかし今となっては誰に文句を言われるわけでもない。武弘は靴のコレクションを眺めながら、気ままな自由を噛み締めた。
―志保ちゃんがこれを見たら、文句を言うかな?それともあの子なら、趣味を尊重してくれるかも。
ふいに浮かんだそんな考えを、慌てて頭から追い払う。
先週末の『grey MISHUKU LOUNGE』で志保の恋する表情を見てしまって以来、武弘の頭には何事につけ志保のことが浮かぶのだった。