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  • 三茶ラブストーリー Vol.2

    三茶ラブストーリー:彼氏アリの女の子から、突然の呼び出し。34歳の男が、動揺を隠せなかった出来事

    明るい態度に隠された、彼女の悲しみ


    寝室のウォークインクローゼットでスーツから部屋着に着替えた武弘は、先ほど帰り道で買った餃子とハイボールを持ってリビングのソファに体を沈み込ませた。

    賃貸でありながら分譲マンション並みの設備が整ったこの2LDKの部屋は、多忙な毎日を過ごす武弘が心からリラックスできる安息の城だ。

    ウィークデーの夜に一人のんびりと映画を観ながら晩酌するこの時間を、武弘は何よりも気に入っていた。

    しかし、志保と週末を過ごすことが増えてからは、ふとした瞬間にこの生活への物足りなさを感じることがある。

    そんな気持ちから目を逸らすため、愛してやまないSF映画の最新エピソードを観ようとディスクをプレイヤーに入れたその時、傍らに放り出していたスマホにメッセージが表示された。

    『今ひま?』

    武弘は、ドキリとしながらスマホを拾い上げる。今日は水曜日。週末にしか会わない志保から平日に連絡が入るのは、初めてのことだった。

    不思議に思いつつも「今家に帰ってきたところ。どうした?」と返信する。スタンプの一つでも押そうかと指先を迷わせていると、その暇もなく返事が返ってきた。

    『キャロットタワーのあたりにいるんだけど、ちょっと出てこられない?』

    どこか切羽詰まった印象の文面に、武弘は違和感を覚えた。

    ―平日のこんな時間に、どうしたんだろう?何かあったのか?

    いつもと違う様子を感じ取った武弘は、始まったばかりの映画を停止する。

    『すぐ行くから、三茶パティオのあたりで待ってて』

    そう返信するとウォークインクローゼットへと立ち戻り、ハンガーにかけていた薄手のパーカーを素早く羽織った。



    志保の姿は、探すまでもなくすぐに発見することができた。

    キャロットタワーのふもと・三茶パティオの噴水広場で大量のスーパーの袋を持って座り込む姿は、喧騒の中で誰よりも目立っていたからだ。

    駆け寄る武弘の姿を見つけた志保は、うつむいていた顔をパッとあげると跳ねるように立ち上がる。

    「急に呼び出してごめん!ちょっと、色々あって食材買いすぎちゃって…。うち、冷蔵庫小さくてこんなに保存できないから、よかったら半分もらってくれない?美味しそうなお肉もあげるからさ」

    アハハ、と笑うその顔は、いつもの元気な志保だ。拍子抜けの理由に、武弘の緊張が解ける。

    「なんだ、急に呼び出すから何事かと思ったよ。でも俺、そんなに料理得意じゃないしなぁ…」

    困惑する武弘に、志保はヘラヘラと答える。

    「立派なキッチンがあるんでしょう?使わないともったいないよ。はい、これ」

    そう言って志保は、強引にスーパーの袋を差しだしてきた。だが武弘はすんなりもらっていいものかと戸惑う。

    志保の笑顔に、どこか切実さを感じてしまい、いつものように冗談っぽく「ラッキー」などと言えるような雰囲気ではなかったからだ。

    ―絶対、いつもと様子が違う。

    ただの勘だった。だが、根拠のない確信があった。

    ーこのまま帰せない。

    悲しそうな笑顔、わずかに震える指先から、このまま志保を一人で帰らせることができなかった。だから、咄嗟にこう言ったのは、ただの勢いだった。

    「じゃあさ、うちで作ってくれない?どうせ食材もらっても俺もダメにしちゃうと思うからさ。うちの広いキッチンで、存分に腕をふるってよ」

    武弘は冗談めかしながら言って、スーパーの袋を全て持ち上げ志保を自宅へと促した。

    彼氏がいる女性を自宅に呼ぶことには、もちろん抵抗があった。だが、こんなに不安げな表情の彼女を、一人にしておくなんてできなかった。

    「すごーい、ここ本当に賃貸マンション?洗面もトイレも超キレイ!それに、こんな広いキッチン、武弘くんにはもったいない!」

    志保は、少し困った表情で家まで着いてきてくれたのだが、室内に入るなりカウンターキッチンに食材を並べると手際良くどんどん料理を作り進めて行った。

    「設備もハイスペックだから、なんでも好きに使ってよ」

    そんな軽口を叩きながらも、武弘は内心中学生のように緊張している自分自身にうろたえていた。


    この1年間、真剣に恋愛をするつもりがなかっただけで、この部屋に女性が一度も来なかったわけではない。それなのに、志保が相手となると「『クラス』でオシャレな家具を借りていてよかった」などと些細なことでホッとしている自分がいるのだ。

    ―ダサすぎだろ、俺…。

    緊張を悟られまいと、否が応でも口数が多くなる。次から次へと並べられていく料理を見ながら、武弘は何気なく聞いてみた。

    「それにしても大量に買ったね。ちょっと買いすぎでしょ」

    それに対し、志保は笑顔をキープしながら言った。

    「ごめんね〜。遠距離の彼氏が来る予定だったから、張り切って買いすぎちゃったんだ。なのに、買い物終わった瞬間に電話がかかってきてさぁ。別れよう、だって。あと5分早く言って欲しいよねぇ〜」

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