2018.12.21
あの子が嫌い Vol.1—今日から編集部ですって?まさか、欠員が出たポジションに採用されたってこと?
最終面接はいつも私がセッティングしていたし、冷酷無慈悲にも思える不採用の連続に、美津子さんも頭を抱えていた。だからこそ私がこのTOEICの結果をもって臨もうとしていたポジションだったのに。
この”小阪アンナ"と名乗る女は、一体いつどんな手段で、"あの"編集長に気に入られたというのだろう。
ふと思い浮かべたのは、社内で密かに「女帝」と呼ばれている編集長の姿だった。
スラリと長い手足、手入れの行き届いた黒い髪、ファッション誌の編集長らしく身につけるものは全て一流品。肝心の仕事も手を抜くようなところは見たこともない。
自分にも厳しく、他人にも厳しい…。私の細かな雑用さえ、きちんとこなせていなければキツい言葉が飛ぶ。
そのストイックな姿は尊敬するが、彼女に泣かされる社員は一人や二人ではないのだ。
そんな編集長だからこそ、彼女が独断で採用を決めたのだとしたら、きっと恐ろしいほど優秀な人材に違いないー。
自分のヒールの音がやけに響く廊下を歩きながら、私は一抹の不安に襲われていた。
しかし、エントランスで私を待ち構えていた女は、私が想像していた人物とは、ずいぶんかけ離れていたのだ。
クリスマスに合わせポインセチアが飾られたエントランスに立っていたのは、お世辞にも「SPERARE」の編集部に馴染めるようなタイプの女ではなかった。
身長は150cm程だろうか。良く言えば健康的な体型だが、マノロブラニクのパンプスにギュウギュウと詰め込んだような足の甲が目について仕方がない。
ポインセチアにも負けないほどの、真っ赤なワンピースに黒いジャケットを合わせたこの女が、"小阪アンナ"と電話口で名乗った女性だろうか。
私がエントランスに続く廊下で一瞬たじろいでいると、こちらに気がついたのか、その女は笑顔で両手をぶんぶんと振っている。
「ゴメンナサイ、初日なのに時間ギリギリになっちゃったわ!編集長いる?挨拶させてもらうために少しだけ時間を貰ったのよ!」
すると、彼女はクリクリとした大きな目を急に見開き、私の背後に視線を向けた。それから、鼓膜が破れるんじゃないかと思うほど大きな声を出す。
「Oh! Ryoko-san!! How’s everything going? 」
振り返ればそこに立っていたのは、「SPERARE」編集長・高梨涼子だ。
私は慌てて頭を下げるが、真っ赤なワンピースの女はそんな私の前を素通りして、その健康的な身体で編集長に突進してゆく。
ー何なの、この人!編集長に向かって、なんて失礼な態度を…!
私が咄嗟に「待って!」と言いかけたとき、目の前にひろがる光景に愕然としてしまった。
「アンナ、よく来てくれたわね。嬉しいわ。」
そう言って編集長は、彼女の身長に合わせ、少しだけ身をかがめハグを返していたのだ。
—これは、悪夢に違いないわ。
異様な光景を前にして、そう思わずにはいられなかった。
三年間、秘書として隣で行儀よく仕事をしていた私でさえ、編集長の笑顔など数えるほどしか見かけたこともないのに。
しばらく二人は英語で楽しそうに会話をしていたが、あまりにも流暢な英語が高速で飛び交うので、私はその内容をほとんど理解することは出来なかった。
ひと通り喋り終え、編集長が立ち去ると、その女は私の方に改めて向き直る。
「アンナって呼んでね!今日からここの編集部で働くことになってるの。」
その眩しすぎる笑顔を見下ろしながら、私は情けないほど薄っぺらな笑みを浮かべていた。
「…よろしくおねがいします。秘書の秋吉りか子と申します。」
悔しいのか悲しいのかわからないが、必死で涙をこらえる。
眼の前に虚しく差し出された小阪アンナのふっくらとした右手を、私は握り返すことができなかった。
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でもねえ、おしゃれな雑誌を作る人、ってのはそこに載るモデルさんじゃないんだから、ぽっちゃりとか関係ないと思うよ。
「きれいだけど頭悪そう」とか逆に「いくら◯ができてもあのご面相じゃ」とか言って自分を優位に置こうとするのはあまり美しくない。
秘書だって誰にでもできる仕事じゃないし
(私には無理)適正ってあるよね。
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