「変わらなきゃ」。その決意に突き動かされ、二人の愛は局面を迎える
カウンター席から見える板前のテキパキした動きは、この店が紛うことなき一流店であることを亜梨沙に予感させた。
そしてその予感を裏切ることなく、次々に二人の前に並べられる鮨はどれも金沢の旨味を凝縮したかのように美味なのだった。
「あぁ〜、この3ヶ月、本当に忙しくて飯もほとんど食ってなかったけど、美味すぎて生き返る…」
ノドグロの手巻きを頬張りながらおどける悠人。その姿を前にして、亜梨沙の胸がチクリと痛んだ。
―悠人、本当に忙しかったんだ…。それなのに、私ったらその大変さも分かろうとせずに悠人の気持ちを疑ってばっかりで、最低…。
浮かない顔をしている亜梨沙の様子に気が付いたのか、悠人が「どうした?」と声をかける。亜梨沙は、素直な気持ちを伝えることにした。
「私…、悠人が最近全然構ってくれないから、もしかしたらもう終わりなのかも…なんて疑ってたの。本当に忙しかったんだよね。バカなこと考えて、一人でスネて、ごめんなさい…」
謝る亜梨沙に、悠人は焦りながら答える。
「俺のほうこそ!俺、転職したばっかりでアプリ開発のプロジェクトリーダーになっただろ?クリスマスには絶対出勤しないって決めてた分、他の日は死ぬ気で頑張ってたんだ。亜梨沙に優しくする余裕がなくてごめんな」
自責の念で意気消沈する二人の前に、冬季限定の一品だという「香箱ガニちらし」が運ばれてくる。
香箱ガニを混ぜ合わせたシャリの上に輝くウニやイクラ。無言のままモソモソと口に運ぶ亜梨沙と悠人だったが、そのあまりの美味しさにすぐに顔を見合わせて悶絶した。
「悠人、連れて来てくれてあんやとぉ…」
亜梨沙の口から飛び出た金沢弁に、思わず笑い合う。二人の間に張っていた薄ら氷のような隔たりは、いつのまにかすっかりと溶けきっていた。
悠人は、ほぐれた表情でポツポツと話し始める。
「金沢って、この店みたいに美味いものがいっぱいあるんだろ?来年の夏あたり、亜梨沙と一緒に行ってみたいな」
「え…?」
「転職した理由なんだけどさ…。前の会社にいたままじゃ亜梨沙のご両親に格好がつかないと思って。亜梨沙の31歳の誕生日までに仕事で結果を出そうって決めてるんだ」
はっきりとした言葉ではない。でも、悠人なりに亜梨沙との結婚を考えてくれているということなのだろう。
亜梨沙はコクリとうなずくと、悠人の手をそっと握る。
喉元まで、「待ってる」という言葉が出かかった。しかし、ふと思い直してその言葉を飲み込む。
―悠人は私のために変わろうとしてくれてる。なのに私は、悠人の優しさを待つばっかりで…変わる努力なんて考えもしなかった。ずっと愛されていたいと思うなら、待ってるだけじゃダメなんだ。
食事を済ませた亜梨沙と悠人は、手を取り合ったままウェストウォーク3階へと降り立った。
もう一度イルミネーションを見に行くために屋外へと向かう途中、ふいに悠人が立ち止まる。
「こんなところにビームスが出来たんだ。亜梨沙がしてるネックレスも、初めてのクリスマスにビームスで買ったんだよな。ちょうどいいから、ここで新しいのプレゼントしようか?」
いつもの亜梨沙なら、「でも…」とためらっているうちに流されていただろう。しかし、今の亜梨沙の胸には、先ほどの決意が燃えている。
―変わるなら、今だ。
心臓が、破裂しそうに高鳴る。
亜梨沙は、これまでに出したことのないありったけの勇気を振り絞った。
「これは大事なネックレスだから、変えなくていいの。…変えたいのは、苗字だけだよ。待つだけの自分はもうやめる。悠人、私と結婚してください」
思わぬ逆プロポーズを受けた悠人は、目を丸くした。だが、すぐに顔をくしゃくしゃにして笑うと、亜梨沙を強く抱きしめた。
「年末年始の金沢行きのチケット、今すぐ取るわ」
耳元で悠人の囁く声を聴きながら、亜梨沙は思う。
―恋愛の賞味期限は3年かもしれない。でもきっと…何度だってリニューアルできる。
悠人の腕の中で亜梨沙は今、リニューアルされたばかりの愛を確かに感じていた。
ーFin.
クリスマスは亜梨沙と悠人のように、リニューアルした六本木ヒルズ ウェストウォーク 5Fのプレミアムダイニングフロアに足を運んでみては?
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