言い得ぬ不安。“賞味期限切れの恋人”と食べるクリスマスディナー
2歳年上の悠人とは、確かに安定した付き合いが続いている。3年間でほとんど喧嘩もしていない、という意味では仲のいい恋人同士と言えるのかもしれない。
でもそれは単に、亜梨沙がいつも受け身で文句や要望を伝えないから。夏に迎えた亜梨沙の30歳の誕生日にも、期待していたプロポーズの言葉は貰えなかった。
それどころか、3ヶ月前に悠人が大手IT企業に転職してからは、ゆっくり会話できた記憶すら無い。
昨晩などは、「来週のクリスマスどうする?」と聞くために電話をかけただけなのに、「今忙しいから」の一言でガチャ切りされてしまったのだ。
思わずこぼれたため息を、ユカの悲鳴がかき消す。
「あぁ〜!お茶請けに出そうと思ってたお菓子、賞味期限切れちゃってる。賞味期限って、いつの間にか切れてるんですよねぇ」
普段ならなんとも思わないユカのボヤキが、今日はやけに胸に刺さった。
―恋愛の賞味期限は3年、なんて話もあるよね。私の恋の賞味期限も、いつのまにか切れちゃったのかな…。
皮肉な考えが頭をもたげた時、亜梨沙のスマホが震えた。コーヒーを注ぐ手を緩めて手早くスマホをチェックすると、悠人からのLINEだ。
「来週のクリスマスは、19時に六本木ヒルズに集合!」
愛想のない文章が、ロック画面にポップアップしている。
―たった、これだけ?
クリスマスデートが実施されそうなことにひとまず安心はしたものの、昨日の冷たい態度についての言い訳すらないLINEに、亜梨沙の心はかき乱された。
このところの悠人のつれない態度について考えれば考えるほど、言い知れない不安に絡め取られていく。
亜梨沙は、悠人に初めてもらったプレゼントのネックレスを、祈るように握りしめた。
◆
クリスマス当日、亜梨沙はけやき坂通りにかかるブリッジへと向かった。
付き合い始めた頃は、当時の悠人の職場が六本木だったこともあり、よく六本木ヒルズでデートをしたものだ。詳しい待ち合わせ場所を決めなくても当たり前のようにこの場所に足が向くことに、改めて二人で積み重ねて来た歴史の重みを感じる。
魔法のようにロマンチックなスノー&ブルーの、けやき坂のイルミネーション。その輝きに照らされながら、悠人はすでに亜梨沙を待っていた。
「亜梨沙、メリクリ!」
久しぶりに会えたことは、素直に嬉しい。だが、最近の無愛想な態度などまるで無かったかのようにのんきに手を振る悠人に対し、亜梨沙は素直に喜びを表現することができない。
「悠人、久しぶりだね。六本木ヒルズもなんだか懐かしいよ」
何気なく発した言葉につい、溜め込んだ不満がささやかな嫌味となって紛れてしまう。はっきりと意思表示することができない亜梨沙の悪い癖だった。
しかし、悠人はそんなことには全く気づいていない様子で昔を懐かしむ。
「な〜、昔は毎日のように来たもんな〜」
そう言いながら悠人がずんずんと進んでいくのは、ウェストウォークのようだ。
お馴染みのレストランフロアが目的地と分かり少々拍子抜けする亜梨沙だったが、悠人はそんな亜梨沙の心情を見透かしたように不敵に笑った。
「じゃーん!」
エスカレーターで5階につくなり、悠人は得意げに両手を広げる。
散々通ったレストランフロアは、高級感の漂う「プレミアムダイニングフロア」へと様相を変え、見慣れない新店舗が軒を連ねていた。
「わぁ…」
感嘆の声を上げる亜梨沙を、悠人は芝居掛かった態度でエスコートする。
「今年の秋にリニューアルしたんだって。亜梨沙と一緒に来てみたくてさ。ここ、予約とっといたんだ」
悠人に導かれるまま到着したのは、2016年にミシュラン一ツ星を獲得した金沢の名店『鮨 みつ川』。
「クリスマスにお鮨って、大人な感じしない?」
そう微笑む悠人は、ここ3ヶ月の無愛想な悠人とはまるで別人だ。亜梨沙は思わずドキッとしながら、『鮨 みつ川』ののれんをくぐった。
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