2018.11.16
オールドリッチの悲哀 Vol.9先祖代々受け継がれし名声と財産。
それを守り続けるために、幼い頃から心身に叩き込まれる躾と品位。
名家の系譜を汲む彼らは、新興のビジネスで財を成した富裕層と差別化されてこう呼ばれる。
「オールドリッチ」と。
一見すると何の悩みもなく、ただ恵まれた人生を送っているように見えるオールドリッチ。
しかし、オールドリッチの多くは、人からは理解されない苦悩や重圧に晒されている。
知られざるオールドリッチ達の心のうちが、今、つまびらかにされる−。
「オールドリッチの悲哀」一挙に全話おさらい!
第1話:資産が数十億あっても満たされぬ。不自由ない人生で感じる虚しさ
人形町の小料理屋で行われたメーカーとの会食は、半ば記憶が混濁するほどの激しさの後お開きになった。
落ち着いた店で穏やかに飲み始めても、最後はほぼ裸になるようなどんちゃん騒ぎになってしまうのは商社マンの常だ。
ー毎日毎日、こうやって大酒を飲むばかり。俺は一体、何をやってるんだろう…。
そんなボヤキを飲み込むと、岩原康介はふらつく体をタクシーに押し込めた。
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第2話:プライドと資産はあっても、現金はない。時代に取り残されつつある、オールドリッチたちの現実
息子の修一郎を天現寺の体操教室に送り届けた15時。牧瀬由紀はタイトにまとめた黒髪と上下ネイビーのセットアップという送迎用の装いのまま、ひとり自宅のダイニングテーブルの席についていた。
白金のホテルライクな低層マンションは、夫・和正の両親が6年前に結婚祝いとして与えてくれたものだ。2LDKと間取りはコンパクトだが、リビングは20畳以上あり大きなソファがゆったりと置ける広さを備えている。
由紀は疲れた体を横たえたくなる衝動をぐっと堪え、膝の上に乗せたナイロンの黒いトートバッグを開いた。
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第3話:遺産相続に追いつめられるオールドリッチ。田園調布の豪邸を容赦なく襲う、厳しい現実
田園調布駅西口を抜けると、放射状に延びたイチョウ並木はすでに黄色く色づいていた。
「先月来た時はまだ青々としていたのに…」
月に一度開催される祖母宅でのファミリーディナー。この伝統行事のため、梨華は毎月必ずこうして田園調布を訪れる。幼い頃から通った田園調布は、梨華にとっては自宅の庭のように愛着のある場所だ。
復元された旧駅舎によって、駅にはヴィンテージな雰囲気が漂っている。しかし、街並みそのものは梨華が幼少の頃とはすっかり様変わりしてしまっていた。
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第4話:箱入り娘業界で「プライドの無い男」が重宝される理由。オールドリッチが譲れない、婿選びの条件
白いスティックを掲げ持つ。それは、2人が待ちに待っていた陽性の妊娠検査薬だった。陽太はしばし思考停止したかと思うと、布団を跳ね除け菫を強く抱きしめた。
「菫ちゃん、やった!やったね!」
「そんなに強く抱きしめたら苦しいよ…」
陽太の腕の中で、菫の頬が思わずほころぶ。与えられるだけの人生じゃつまらない、と両親を説得して裕福な実家を飛び出したのは6年前。この慎ましくも愛に溢れた暮らしは、まさに菫の理想の結婚生活だった。この時までは…。
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第5話:友達の元彼と結婚。海外ドラマのように入り乱れる、オールドリッチの、複雑な男女関係
3年間の交際を経て来年に結婚を控えている春香と光一は、カップルでのゲストという認識になっているらしい。指定されたテーブルには、中等部からの同級生である剛が、妻のエリを連れて着席していた。
「ご無沙汰!元気にしてたか?」
まるで同窓会のような披露宴会場。豪華な会場でこの後、オールドリッチらしい世界が繰り広げられるのだった。
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第6話:享楽的な日々を過ごす男の事情。愛する人とは結婚できぬ“ボンボン”ならではの苦悩
麻布十番にそびえるタワーマンション高層階の自宅は、東京滞在する時の別宅を兼ねて両親が紀之に買い与えたものだ。コンパクトな2LDKにも関わらず開放感を感じるのは、壁一面に設えられた大きな窓のせいだろう。
地上のきらめきとは対照的に、空には星が見えない。ただ穴のようにポッカリと月だけが浮かぶ東京の空を見て、紀之は小さなため息を吐く。
―もうすぐ、タイムリミットか…。
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第7話:「金目当ての女」を襲う、因果応報。婚約者のドス黒い腹の内を知った女の、複雑な心情
「小田さん、今日は素晴らしい“椿姫”に誘っていただいてありがとうございます。1幕のアリアには感動しました」
「美しいソプラノでしたね。静香さんをお誘いしてよかったです」
お見合いで出会ってから4回目のデート。ぎこちなさの残る静香と小田だが、共通の趣味であるオペラの話をする時だけは互いに饒舌になるのだった。
「そういえば“椿姫”って邦題と、イタリア語の原題“ラ・トラヴィアータ”は全く違う意味なんですよね。えっと、どういう意味だったかしら…」
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第8話:わかりやすいブランド品はNG、外食は個室のみ…。お金はあっても自由がない女の、空虚な毎日とは
「もう少し短く、膝が見えるくらいにしても…」
「いえ、この方が上品に見えます。お父様もこちらの方がお好みだと思いますよ」
ささやかなリクエストは、柳のようなにこやかな笑顔で却下された。長年東堂家に出入りするこの仕立て屋は、薫子のスカートを絶対に膝上丈には仕立てない。
「そうですね…。では、そうしてください」
薫子は、いつものように提案を受け入れる。ため息を押し殺して、穏やかな微笑みを浮かべながら。
第8話の続きはこちら
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中流家庭に転落した実家。“白金のお姫様”になるはずだった女のプライド
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