アラサー女の大逆転。“彼好み”に合わせるばかりだった凡庸な女が、ハイスペ紳士を射止めるまで
「先日お話をいただいたセレクトショップの件…ぜひ、私にやらせてください!」
夕刻、出先からフロアに戻ってきた上司に駆け寄ると、芽衣は晴れやかな笑顔でそう宣言をした。
「そう言ってくると思ってたよ。…というより、何を迷ってたの?」
芽衣の言葉を聞いた上司は嬉しそうに破顔し、そしてちょっぴりからかうような口調でそんなことを言った。
−本当だ。私は一体、何を迷っていたのだろう。
そうやって、バカバカしくさえ思えるようになったことに、芽衣は自分でホッとする。長谷川にかけられていた“彼好み”の呪縛を振り切り、ようやく“私らしさ”を取り戻すことができた証拠だ。
これから始まるであろう新しいチャレンジは無条件に心をワクワクとさせる。
そんな自分の前向きさを頼もしく感じながら、芽衣はデスクに戻り、目先の仕事に集中した。
−19時前には、会社を出たい。
なぜなら今夜、芽衣にはもう一つ、大切な約束があるのだ。
◆
「お待たせしちゃったかな」
芽衣がこれから仕事で携わることになる、銀座の某セレクトショップ。
新しく入荷したアイテムはもちろん、今後のために取り扱いブランドの傾向や客層などに目を走らせていると、背後から聞き覚えのある、紳士的な声がした。
「日野さん…!」
現れたのは、先日ちょうどこの場所で、謎のイタリア男とともに出会った日野という男である。
「これもご縁だから」というスマートなエスコートにより名刺交換をしていたのだが、実は長谷川との断絶を決めた夜に、彼から着信があったのだ。
他愛ないやりとりの後「せっかくの出会いだし、食事でもどうですか」とナチュラルに誘われ、芽衣は少しばかり戸惑いながらもOKしたのだった。この予定のためにも、YOOXで買ったワンピースを今日着るのが楽しみだったのだ。
最初に会った時も感じたが、日野はなんと言うか独特の空気を纏っている。
出会って間もないのにまったく警戒心を抱かせないし、長谷川と一緒にいるときに感じたような、無駄な焦燥に駆られることもない。
同年代ながらかなり落ち着いた雰囲気が、そうさせるのだろうか。
「この近くの店を予約してあるんだ。そろそろ行こうか」
日野に促され店を出る。彼が予約してくれていたのは、カジュアルなフレンチビストロだった。
肩肘張らない雰囲気が、初デートにちょうどいい。
そして日野の醸し出す和やかな空気に、芽衣はついワインが進み饒舌になっていくのだった。
長谷川といるときは、どちらかといえば彼の話を聞いている側だったのだが、気がつけば今日は自分の話ばかりしている。
そのことに気づき、芽衣はちょっぴり恥ずかしくなってしまった。
「なんか、ごめんなさい。私さっきから、自分の話ばっかり…」
慌ててそう言うと、話の途中で口を閉じた。
しかし日野はというと、そんな芽衣をむしろ驚いたように見つめ、先を急かしてくる。