2018.09.20
Age32 岐路に立つ女 Vol.1花純のトラウマ
「古市さん。すみませんが、今日はお先に失礼します」
時刻は19時を回る頃。遠慮がちに声をかけられ振り返ると、ばっちりメイク直しを完了した千秋がにこやかに微笑んでいた。
「あ、うん。お疲れ様…いいわね、デート?」
そう言ったのは、業務中はカーディガンを羽織っていて気づかなかったが、ブラックのノースリーブニットに秋色のプリーツスカートという千秋の服装が、いかにも男性受けしそうだったから。
言いながら、若干嫌味っぽい尋ね方になってしまったことを反省したが、千秋はまったく意に介していないようで、無邪気に首をふる。
「うふふ、違います。今日は…外コンくんとお食事会で♡」
「ああ…そうなんだ、外コンくんと」
千秋の言葉をおうむ返しする花純の胸に、ズキンと鈍い痛みが走る。
外コンくん…つまり、外資系コンサルティング会社に勤める男に、花純は痛い思い出があるのだ。
花純はもうここ2年、彼氏がいないのだが、28歳から30歳までという女にとって非常に重要な2年間を費やした相手が、まさにお食事会で出会った外コンくんであった。
「付き合った」ではなく、あえて「時間を費やした」と書いたのには理由がある。
実は花純は、終始まさかの“セカンド扱い”だったのだ。
30歳でそのことに気づいた時のショックといったら...足がふらつき、まっすぐに立つことすらできないくらいだった。
しかし発狂しそうになる精神を抑え、溢れ出そうになる涙を耐え、無理矢理に笑い、仕事に打ち込むことでどうにか立ち直ったのである。
…ただこの出来事は、花純の心に深い、深い傷を残した。
−私なんて、その程度の女なんだ。
どこかでそんな風に自分を卑下してしまう癖がついてしまったのだ。
そんな花純の内情など知る由もなく、千秋は楽しげに軽快な足取りでフロアを出て行く。
その後ろ姿をぼんやりと見送ってから、花純は会社用のスマートフォンが振動しているのに気づいた。同期のアキラから、何やらメールが届いているではないか。
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To:Kasumi Furuichi
From:Akira Yamaguchi
Subject:お誘い
お疲れー。まだ会社にいる?
久々、飲みにでも行かない!?
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珍しい誘いだが、悪い気はしない。アキラは同期の中でも野心のある出世頭であり、近々社内ベンチャーで起業するらしいともっぱらの噂である。
それに、さっき千秋が“外コンくん”の話をふってきたせいで、完全に仕事への集中力も切れてしまっていた。
しかし「いいよ、行こう!」と返信しようとしたところで、アキラから2つ目のメールが届く。
そこには、こう書かれていたのだった。
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To:Kasumi Furuichi
From:Akira Yamaguchi
Subject:Re:お誘い
青井千秋ちゃん、呼べる?
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−なんだ、そういうことね。
一気に白けた気分になり、花純はそのままスマートフォンを鞄に入れた。こんな失礼な男には、返信する気にもならない。もうすでに帰っていたことにしてやれば良い。
「さ、もう帰ろ」
不愉快を吹っ切るように、花純はそう声に出し席を立った。
帰宅するべく、エレベーターホールへと向かう。すると廊下の奥に、広報部に所属している花純の同期・衣笠美玲が、男性社員と談笑しているのが見えた。
…衣笠美玲といえば、彼女こそ入社当時から絶世の美女と評判で、男女問わず羨望の眼差しを集めていた女性。28歳で医療系企業の経営者と結婚した後も、変わらず広報部で働き続けている。
しかし美人だろうが凡人だろうが、平等に歳はとる…はずである。
それなのに美玲は久しぶりに見ても一切の衰えを感じない。そのことに、花純は驚きと感動を覚えた。
それどころか、年相応の落ち着きや品を携えた彼女は、花純の目には昔よりさらに眩しい存在として映る。
−美玲はどうして、いつまでも輝いていられるの?
そこに何か理由があるのなら、是が非でも知りたい。
▶NEXT:9月27日 木曜更新予定
いつまでも凛として美しい同期・衣笠美玲の、輝きの秘密とは?
◆衣装協力:ラッフルブラウス ¥11,000 (ザ・スーツカンパニー 新宿店03-3354-2258)Vカラージャケット¥16,000(ザ・スーツカンパニー 銀座本店03-3562-7637)トートバッグ¥4,800 ディ スティル(ザ・スーツカンパニー 銀座本店03-3562-7637)その他スタイリスト私物 ※全て税抜価格
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