2018.08.21
恋と友情のあいだで 〜里奈 Ver.〜 Vol.910年かけて、辿り着いた夜
部屋に入ると、私たちはソファに座り、ペットボトルの水を二人で飲んだ。
廉は無言のまま、窓の外をぼんやりと眺めている。
すると私は、柄にもなく急に不安に駆られた。
廉に無理をさせてるんじゃないか。このまま突き進んだとして、私たちは一体どこへ向かうのか。私は廉が遊び相手として使い捨ててきた、中途半端な女たちの一人に成り下がるのではないか。
このままバッグを掴み、部屋を出て行くのが懸命な判断かもしれないとも思う。
「どうしたの?」
私の様子を察したのか、廉がこちらを振り返った。
「別に、なんでもない」
尖った声が出てしまったのと同時に、私は意を決して廉に身体を押しつけた。直哉の顔が一瞬頭に浮かんだが、罪悪感は微塵もない。
「里奈...」
壊れ物に触るような手つきと儚げに揺れる廉の瞳が、胸に染みて呼吸が荒くなる。もっと投げやりに扱ってくれた方が、どんなに楽だろう。
だが、廉が丁寧に私の服を一枚一枚脱がせ始めたときにはもう、心からも身体からも欲望が溢れ、自分ではコントロールできないものになっていた。
「里奈、里奈、里奈...」
廉は私を抱いている間、何度も何度も名前を呼んだ。
窓の外には、東京の夜景がキラキラと輝いている。10年もの時間をかけて、やっとこの夜に辿り着いたのだ。
目を閉じながら、そんな風に思った。
◆
自宅に戻ったのは、もう明け方近かった。
白み始めた空をタクシーから眺めているときはうまく思考が働かなかったが、玄関のドアを開けた瞬間、私は一気に現実に引き戻された。
「こんな朝まで、何してたんだよ」
そこには、夫の直哉の怒りを露わにした姿があったのだ。
「ごめん...。今日はサークルの同窓会だって言ったでしょ。久しぶりに盛り上がって、気づいたらスマホも充電が...」
「あのチャラいサークルかよ。いい加減にしろよ」
自分の日頃の愚行は棚に上げ、直哉は容赦なく怒りをぶつけてくる。
「だって、直哉も出張だって言ってたから、たまには...」
「俺とお前は、違うんだよ!」
思わず身体がビクっと震えるほど、直哉は大声を出した。
「わざわざ早く帰ってきてやったのに、何なんだよ」
夫の怒りが収まる気配はなかったが、私の怯えた様子を見ると「もういい、寝る」と、寝室へ戻って行く。
私はその背中に「ごめん」と小さく声をかけながらも、ホッと胸を撫で下ろし、急いでバスルームに直進した。
ぬるめの湯船に全身を浸けると、ようやく身体の小刻みな震えが収まった。
今までも行儀のいい妻とは言えない生活を送ってきたが、こうして夫を裏切ったのは、結婚以来初めてのことだ。
いや、これまでの人生でも、私は意外にも“浮気”というタブーを犯したことはなかった。
とうとう道を踏み外してしまったという興奮と怯えが、交互に襲ってくる。
直哉はすでに何度もこのスリルを経験済みなのかと思うと妙な共感すら覚えたが、では廉はどうだろうと思うと、胸が焼けつくように痛んだ。
大きく深呼吸をして息を吐くと、今度は全身に廉の唇や肌の感触が蘇り、身体と頭の内側がぼうっと熱くなる。
―もっとゆっくり寝ていけばいいのに。
帰り際の廉の拗ねたような声が、甘く耳に蘇った。
束の間の甘美な記憶に酔いながら、つい昨日までの自分と今の自分が、まるで別物のように感じる。
―今日の夜まで東京にいるから、もし会えたら連絡して。
それはまるで、灰色にくすんでいた日常に、柔らかい日差しが注がれたような感覚だった。その心地良さに、私は本来の冷静さを失っていく。
“妻”という立場で夫以外の男に心と身体を捧げる快楽と苦痛がどんなものであるかを、このときはまだ、何も理解していなかったのだ。
▶NEXT:8月22日 明日更新予定
束の間の快楽に酔う二人。しかし、その背後に思わぬ敵が忍び寄る...
※本記事に掲載されている価格は、原則として消費税抜きの表示であり、記事配信時点でのものです。
超えてはいけない一線を超えてしまった、、、
妻や夫と別れる潔さはない。でも、好きな人への情熱を抑えきれもしない。
結婚という紙切れ一枚の重さは相当なものだというのに。
この先どうなるんだろう。明るい未来が見えてこない。。
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