堅実な妻と、華やかな美女
「いや、参ったな…」
リョウは、酔いが覚めるように敢えて足早に帰路につく。
ちょっと困ったことになってしまった。
今日なんとなく四郎が声をかけた女の子。2人とも32歳の損保OLらしく、落ち着きつつも華やかな美貌を振りまく2人組だった。
リョウはそのうちの一人、小柄なはるかを一目見て本能的に目を逸らした。
ーこれはヤバイ。
というのも、はるかはまさにリョウ好みの可愛い系のルックスをしていたからだ。
ノースリーブから覗く真っ白な二の腕が眩しすぎて、直視できない。あちらの積極的なアプローチに、完璧にオスモードのスイッチを押されてしまい、気付けば連絡先を交換していた。
だが、待ち受け画面で照れるように微笑む娘・美優の顔を眺めているうちに、理性が働き出す。
リョウは玄関の前でLINEを開くと、はるかからのハートマークがいっぱいのトーク画面を思い切って削除した。
自分にとって、何より大事なのは家庭なのだからー。
「ただいまー…」
パッと玄関の照明が灯る。
昔の男は、灯りの着いた家に帰れるのが幸せだなんて語っていたというが、今じゃ皆が寝静まっていてもセンサーのおかげで自動で電気がつく。なんというか、良い時代なのか。
だが、奥の部屋が明るい。朋美がまだ起きているのだろう。
ひょいとリビングを覗くと、朋美は夜中だと言うのにキッチンで何やら作業をしている。
「あぁ、おかえり」
白いジェイソンマスクのようなパック姿で出迎えられ、一瞬ドキッとしてしまう。結婚してもう何年も経つが、この姿には未だに慣れない。
「何してるの?」
タッパーに色とりどりのおかずを詰める手を止めず、朋美は答える。
「んー、作り置きだよ。美優の塾のお弁当のおかずとか、色々」
朋美は、ハッキリいってかなり堅実な妻である。
本人曰く、「家族とか周りがみんなそうだったから」というが、その節約家ぶりはかなり徹底している。
朋美の出身地方では嫁入り支度にお金がかかるため、娘が産まれると将来の為に出来る限り貯蓄する。朋美も、美優のために可能な限り貯金をしておきたいらしい。
充分な生活費を渡しているはずだが、スーパーに買い物に行けば真っ先に安くなっている食材のコーナーから見に行くし、服や靴に散財しているのを見たことがない。
決して小汚いとかダサいとかでは無いのだが、結婚前と比べると格段にシンプルな装いだ。
どうも朋美は…地味、という印象なのだ。脳が勝手に、はるかと朋美を比べてしまう。
だが、家庭を壊す気は1ミリもない。リョウはおやすみ、と朋美に告げると眠気を抑えられず寝室へと引っ込んだ。
自分のスマホを、リビングに置きっぱなしにしていたことも忘れて…。
▶Next:8月12日 日曜更新予定
リビングに置き忘れたスマホに届く、メッセージ。順調な40代が、暗礁に乗り上げる…!
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この記事へのコメント
ご愁傷様!笑