有馬紅子 Vol.3

「僕はあなたみたいな人が嫌いです」。年下上司からの無遠慮な言葉にも、女がキレなかった理由

深窓の令嬢が、超リッチな男と結婚。

それは社会の上澄みと呼ばれる彼らの、ありふれた結婚物語。

有馬紅子(ありま・べにこ)もそんな物語の一人として17年間幸せに暮らしてきた。

しかし突然、夫・貴秋が若い女と駆け落ち同然で家を出てしまい、紅子のプライドは消えかける。だが生粋のお嬢様は、そんなことで負けたりしない。

17歳の一人息子・秋雅に反対されながらも離婚を決意し、就職先を探して新たな一歩を踏み出すが…。

「社会経験、ほぼゼロ」。有閑マダムのレールから強制的に外された女・有馬紅子のどん底からの這い上がり人生に迫る。


―美しいお嬢さんが多いのね。

外光がふんだんに入り込むよう設計されている、市ヶ谷にある23階建てのビル。日本のビルにしては、天井が高い。

「Bella Onda(ベッラ オンダ)」

イタリア語で「美しい波」という意味の名を持つ、クリスタルブランドへの初出社の日。

社内を案内されながら、すれ違う女性たちが思いのほか華やかな装いで、私は自分の格好が心配になった。

ベージュのリネンジャケットに同素材のタイトスカート。そこに透け感のあるネイビーのヒールをあわせた。

「出勤の服、間違えないでよ」と心配してくれた秋雅に相談しながら選んだのだけれど。

何しろ私が働いていたのは、もう18年も前の話。

当時は「女の子らしい、可愛らしい格好で来てくれればいいよ」と言われただけだったし、今の女性たちがどんな服装で働いているのか全く知らなかった。

―分らないことは、聞くしかない。

「坂巻さん、今日の私の服だと、こちらで働くには少し…地味だったでしょうか?」

私の少し前を歩いていた坂巻さんに尋ねた。私の面接をして、採用の電話をくれたのも彼。私よりも5歳は若いと思える彼が、直属の上司になるらしい。

坂巻さんは歩きを止めぬまま私を一瞥し、「別にいいんじゃないですか」と興味がなさそうに言った。

そして、それからは沈黙のまましばらく歩くと…足を止めて言った。

「ここが、有馬さんに働いていただく営業部と広報部のフロアです」

広いフロアが、ブランドカラーの白やベネチアンブルーの壁で、いくつかに仕切られている。

フロアの入り口には、シャンデリアが吊るされていたが、私はその形に見覚えがあった。

「このシャンデリアは、18世紀後半に作られたものの復刻版ですよね?懐かしいです」

実家の応接室に飾られていたものと同じデザインだったから。

直径が1m強の総クリスタルのシャンデリア。もともとは、イタリアの王族のために作られたものだったと父に聞いた。

クリスタルはガラスとは違う。ガラスの主成分に酸化鉛などをまぜることで透明度が高まり「水晶(クリスタル)」のように輝くことから、そう呼ばれるようになった。

私は懐かしさもあって、そのシャンデリアに見惚れた。外光が、本来透明のはずのクリスタルを、青や赤、そして黄色などへと輝かせている。

クリスタルのシャンデリアが美しいのは、夜だけとは限らない。日中の光の中では虹のように7色の輝きを放つし、夜に明かりを入れると、ダイヤモンドのような光りでその空間を満たしてくれる。

クリスタルは、その形状とカットの違いによって光の反射が変わるのだと教えてくれたのは…

貴秋さんだった。

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