2018.05.07
大阪LOVERS Vol.1◆
「今のままでいいじゃん。大阪で一人暮らしなんて絶対無理だよ。」
仕事帰りに『ダルマット 恵比寿』で会うやいなや説得を始める隆二を、ひかりは黙って見つめていた。
「ひかりは今のままで十分頑張ってるし、ライフワークバランスだって取れてるだろ?俺も家族も友達も全員東京にいるんだから、ここがひかりの居場所なんだよ。」
そのあとも、いまの状況が客観的に見てどれだけ恵まれているか、とか、大阪にいくメリットよりも圧倒的にデメリットが多い、など、コンサルタントならではのロジカル・シンキングを繰り出した。ワインも入っているので、いつもよりさらに饒舌だ。
「…ありがとう。でもね、きっと私ならできるはずって選んでもらえたの。こんな私が大阪にいって頑張れるかどうかはわからないけど、自分が初めて認められたような気がして、それは本当にうれしかった。」
ひかりは、自分のような“量産型女子”の勝ちパターンは、“ハート形のピノ”になることだと思っていた。手に取りやすく、箱を開けてくれた人に小さな喜びを与える、目立たないけど必要な存在。デパ地下でしかお目にかかれないような高級感を纏うことなど、はなから選択肢にない。
そんなひかりが、初めて選んでもらえたのだ。
―でも、いま、隆二に選んでもらえたら。
「もちろん、私は隆二と離れたくないよ。隆二も私と離れたくないって思ってくれているのなら…いくなっていうんだったら、私、いかない。」
女のずるい特権を利用し、判断をゆだねる。
「それって論点ずれてない?そもそも自分で決められないようじゃ絶対やっていけないし、ひかりにとってNo Valueでしょ。そもそも大阪じゃないとその仕事できないわけ?スピード感もって東京で課題をクリアしていくことのほうがプライオリティ高くない?…」
―「そばにいてほしい」の一言がほしかっただけなのに。
止まらないダメだしを聞きながら、ひかりはなぜか冷静になっていった。
「私、大阪で頑張ってみる。」
それまでとは打って変わった強気な発言に、隆二は大きく顔をしかめた。
◆
隆二にそう告げた、1か月後、ひかりは新幹線に乗っていた。転勤や引継ぎなどが重なり心身ともに疲れたけれど、へそを曲げた隆二との関係修復よりははるかに楽な仕事だった。
ただ、時間が解決したのか、最終的には「ひかりが自立した女性になるためのいい機会」と、決断を後押ししてくれた。
東京駅まで見送りに来てくれた隆二との別れでは涙が止まらなかったが、今は不思議とスッキリした気分だ。
―私、大阪に行くんだ・・・!
新幹線の中で次第に増えてくる関西弁に、不安と期待が重なった。
大阪での初日、今日は記念すべき日。…だったはずが。
「早坂さん、これも持って!いくで!」
「…はい!」
ひかりは、御堂筋を、ダッシュで走る。しかも、段ボールを持って。
ひかりにテキパキと指示を出し、人ごみの中を颯爽と走るのは、淳子という女性だ。
モデルのようなスタイルに、パワフルな大阪弁。高い位置でまとめた独特のヘアスタイルは、どれだけ走っても崩れなさそうだ。
これが大阪での初仕事になるとは、だれが想像しただろうか。東京では経験したことのない仕事に、思わず息が上がる。
―これが、大阪…!!
淳子の艶やかな黒髪を追いかけて、ひかりは大阪へ踏み出した。
▶NEXT:5月14日月曜更新予定
大阪ルールは摩訶不思議。ひかりの前に立ちはだかる壁とは?!
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