ハイスペ婚の履歴書【妻】 Vol.7

略奪“され”妻が悟った、ハイスペ美女が幸せになるための唯一の方法:ハイスぺ婚の履歴書【番外編】

好き、じゃなきゃ結婚できない。
でも好き、だけでも結婚できない。

東京で勝ち組でいつづけるには生まれ・学歴・収入・ビジュアルが複雑に絡んでくる。欲望と打算と、認めたくない妥協と。

勝ち組と言われる結婚をした夫婦たちは、どう折り合いをつけハイスぺ婚に至ったのか?

披露宴で聞かされる新郎新婦の馴れ初めなんて、正直もう聞き飽きた。

ハイスペ婚に辿りついた夫婦たちの、これまでの人生とは?

完璧美女、昌子から夫を奪った香織の半生とは?
そして、略奪された昌子のその後は?


略奪妻:香織(26歳)専業主婦の場合


二子玉川の『代官山ASO チェレステ 二子玉川店』に現れた香織は華奢で可愛らしい女性だった。しかし、話し始めると歯並びの悪さが露呈し、少し下品な印象を受ける。そして、媚びるような上目遣いで話し始めたのだったー。



遅くなっちゃってゴメンナサイ。シッターさんに娘を預けようとしたらぐずっちゃって。裕也の両親には頼りにくいし…。この子とずっと二人でいても気が滅入りそうで保育園に入れて働こうとしたんだけど、現時点で専業主婦だと不利じゃないですかぁ?

新卒で就職しなかったことで、こんなにも人生の選択肢を狭められるなんて。…裕也との結婚は、自分が築けるであろうちっぽけなキャリアより、東京のアッパー層へのファストパスになると思っていたんですけど…。

私は埼玉のごく普通のサラリーマン家庭で育ちました。父も母も、10代の私には東京に敗れた人のように思えました。高校生になって背伸びして渋谷や原宿に行きたがる私に『イオンレイクタウン』に行けば何でも揃うのにって。

私は進学校では可愛いって言われていたんです。雑誌の読者モデルと大差ないと思っていたので、東京にさえ生まれていたらって何度も考えていました。

だから、東京で生活をする為に必死で勉強して慶應大学へ入学しました。これで、私もゴシップガールみたいな生活ができるって思っていたんです。

でも、入学して直ぐに、悔しいけど父と母が言わんとしてたことが分かったような気がしました。

入学式で雑誌で見ていた読者モデルの人を見かけたんですけど、雑誌よりも3段階位可愛くて綺麗でした。

内部生の男子との出会いを期待して、ゴルフサークルの新歓コンパにも行ったのですが、23時を回っても誰も帰る気配が無くて。終電だから帰らなきゃと言うのが、すごく恥ずかしかったです。

それでも、私は東京でのキラキラした生活を諦められず、ファッション雑誌の編集部でアルバイトを始めました。きっと、広告代理店の人とかと知り合えるだろうと思ったんです。

同じ大学の読者モデルの子を取材した時は、屈辱的でした。小学校から付属上がりのその子は、BMWの3シリーズに若葉マークを付けてスタジオまで来たんです。トランクはブランド物のバッグや服で溢れていました。

…その子は明らかに私より可愛くなかったんです。それでも東京のアッパー層のヒエラルキーは私よりその子の方が上でした。

アッパー層に上りつめるには、ちょっと可愛い位じゃダメなんだと悟りました。だからこそ、ちょっと可愛いが通じる若いうちに、アッパー層の男性と結婚するしかないと決意したんです。

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