
花の第1営業部:40歳までに部長になる!広告代理店の花形部署で働く男(35歳)の野心
「実はな、明日の朝、1対1で時間が欲しいって本部長に言われたんだ。今度、新車の広告キャンペーンの競合プレゼンがあるのは知ってるだろ、なんかそれに関する話らしい。
もしかしたら、いよいよ俺もリーダーを任されるかもな。今回の競合は新型車のキャンペーンだから予算規模も今年最大だし、これに勝ったら、また同期初の部長昇格に一歩近づくよ!」
瑛太の会社では、45歳前後で部長になる人が多い。
ただし、一部の優秀な社員は40歳を待たずに部長に昇格し、噂ではそれが役員になる通過点とも言われている。瑛太は密かにその座を狙っている。
だが、チャンスが回ってきたからと言って、気を抜いたら一瞬で終わる。一度競合プレゼンに敗れると、次にそのチャンスが回ってこないこともあるからだ。
チャンスにリスクはつきもの。
これまでの人生、常にエリート街道を歩いてきた瑛太は、自信満々にそう考えている。
「お前らにもいっぱい頑張ってもらわないとな。という訳で、もう一回みんなで乾杯しよう!乾杯―!!」
「よ!瑛太“部長”」
「バカお前、気が早いよ!」
茶化してくる航と浩輝をたしなめるが、瑛太だってまんざらでもない。
「え?なに、瑛太くん、部長になるの?おめでとう!じゃあお祝いにみんなでシャンパン空けよ!もちろん瑛太くんの奢りで!」
今日の“会合”の女性側の幹事であるモデルの夏美は、抜け目なくシャンパンをおねだりする。
「しょーがねーなー、じゃあシャンパン入れて、もう一回乾杯するか!」
大学時代はテニスサークルの代表も務め、後輩の面倒見もいい瑛太。“会合”になるとついつい調子に乗って、奢ってしまう“良い先輩”だ。
新卒当時から日本の平均年収の倍近い給料をもらい、今や年収1,500万を超える瑛太だが、こうした“会合”でトータル数千万円は浪費してきた。
−ゆくゆくは役員か。この際、最年少役員を狙うっていうのも悪くないか。
酔っ払って薄れる記憶の中、瑛太は満足気な笑みを浮かべていた。
◆
「瑛太さん、昨日はありがとうございました!それにしても、今日は一段と出社早いっすね」
翌朝瑛太が出社すると、同じ部署の航が朝イチで席までやってきた。
フレックスタイムで働いている瑛太は、普段であれば11時近くに出社することも珍しくない。
ただ今日に限っては、瑛太は朝早くからデスクに座って、忙しく作業をしていた。
「このあと9時から本部長に呼ばれてるからな。それにもしかしたら、今日の午後からプレゼン準備で忙しくなるかもしれないだろ。だから今のうちに色々と整理しておこうと思って。これ以上忙しくなるのは嫌だなー」
そう言いつつ、瑛太の顔からは自然と笑みがこぼれる。
「あ、そろそろ時間だ。じゃあちょっと俺、本部長室行ってくるわ!」
ジャケットをきっちり着込み、いざ出陣といった面持ちで、瑛太は本部長室に向かった。
営業本部長、それは概ね10前後の営業部を束ねる「営業部」のトップ。次期役員といっても過言ではない。
1対1で話すなんて滅多にない相手なだけに、いつもはおちゃらけている瑛太も、少しの緊張を感じながら本部長室のドアをノックする。
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