神戸嬢戦争 Vol.1

神戸嬢戦争:“神戸嬢”は、もはや死語?関西読者モデル戦国期を生き抜いた女たちの末路

いまからもう、15年ほど前。

兵庫県姫路市出身の寛子は、高校生のときから“神戸”に憧れを持っていた。

そのきっかけとなったのは、関西の読者モデルたちが誌面を飾る、女性ファッション誌である。ブランドバッグを片手に縦巻きロールの女性たちが醸し出す華やかな雰囲気に、一気に魅了されたのである。

―大学生になったら、私もこの世界に行きたい……!!

そんな憧れを抱いていた寛子は、神戸女学院大学を受験し、無事合格した。通称「神女」に決めたのは、女子大の中でも比較的偏差値が高く、名だたる企業への就職実績があったからだ。

神戸嬢のような華やかな世界に憧れていた寛子だったが、昔から成績優秀だったこともあり、将来は堅実に有名企業のOLを目指していた。

そして迎えた、入学式当日。

この日に、今後の女子大生活の明暗が別れると言っても過言ではない。

ここで人気ファッション誌恒例の「入学式スナップスカウト」が行われ、スカウトされた女は、女子大のヒエラルキーのトップに君臨することになるのだ。

その基準は、“可愛い”ということは絶対のこと、ハイブランドのものを身につけているかどうか、一緒にいる両親の時計や鞄、乗り付けた車も見られている。

神戸嬢の読者モデルとして有名になるには、容姿と同じくらい、バックボーンが重要視されるのだ。


姫路出身、一般的なサラリーマン家庭で育った寛子には、武器となる“バックボーン”は何もなかった。

しかし容姿という点でいえば、群を抜いて目立っていた。ぽってりとした唇とまん丸の大きな目が特徴的な、可愛らしい顔。そしてその幼い顔立ちからは想像できない女性らしい体つきとほっそりした長い手足が、寛子の最大の武器である。

またこの日のために、寛子は年上の従兄から借りたカルティエのタンクを腕に巻き、母親が持っていたCHANELのマトラッセを肩から下げ、ドキドキしながらスナップ隊からの声かけをまっていた。

すると自分よりいくつか年上に見える若い女性が、構内のベンチで佇んでいる寛子に声をかけてきたのだ。

「いま、お時間大丈夫ですか?」

そう言って差し出してきた名刺には、寛子が高校生の頃から穴があくほど見ていた雑誌のロゴが書かれてあった。

「……はい」

そう言って目をぱっちり開けて、口角を少しだけ上げて微笑む。今日のスナップ用に練習した、自分が一番可愛く見える笑顔だ。

こうして寛子は、読者モデルとしての第一歩を歩み出すことになったのである。

この記事へのコメント

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関西人
大学を「1回生」って表現するあたり、ほんとに関西の人が書いてますね!
2018/03/07 06:0499+返信5件
No Name
来た来た来たー!!
可愛ゴー時代のJJ、大好きでした!
懐かしくて楽しみにしています。
2018/03/07 05:2099+返信2件
No Name
2人が働くブランドのモデルはchestyかな❤︎
楽しみです!
2018/03/07 06:5581返信10件
No Name
bisのことですかね?
関の東西いずれにせよ、お金のかかる読モにサラリーマン家庭はついていけないと思う。10年くらい前のことだからはっきり覚えてないけど、JAMとか親の事も書かれてた記憶があるような、ないような。。
2018/03/07 06:5443返信10件
No Name
神戸いいですね~
芦屋、六甲、阪急
ききたいです
2018/03/07 05:3331返信3件
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