美貴は、都内の中高一貫の女子校を卒業後、慶應の経済学部に進学した。父は商社マン、母は専業主婦だ。父の仕事の関係で幼いころはアメリカにいたので、英語も不自由なく喋れる。
美貴の勤める商社の一般職の女性たちは大抵こんな経歴で、いわゆる“良家のお嬢様”という人種が多い。
派手さはないが落ち着いた物腰は、そこらの“にゃんにゃんOL”には到底及ばない、知的で楚々としたオーラを醸し出している。
美貴は就職活動のとき、当然のように大企業以外は受けなかった。
そして“大企業”という前提のもと、有名企業・人気企業であればあるほど良いと考えていた。
数社内定が出たあと、最終的には2社で悩んだ。大手電機メーカーの総合職と商社の一般職だ。
商社は総合職ではなく、一般職でエントリーした。商社の総合職の女性比率は当時、10%から15%ほどの狭き門だったのである。
今でこそWLBを声高に謳っているが、美貴が就職活動していた5年前、商社の総合職は男社会でハードワークというイメージが強かった。
一方、大手電機メーカーは「仕事と家庭の両立」をアピールしていたし、女性比率も商社より高かった。
しかし最終的に決め手となったのは、両親の反応だ。今の商社に内定をもらったとき、両親は大喜びしてこう言った。
「ここの商社に内定が出るなんて、さすが私たちの娘だわ」
ブランド力がBランクのメーカーより、Sランクの商社を選んだ方が正解だ。両親の反応を見て、美貴はそう受け止めたのだった。
昔から両親の期待に応えて人生を決めることに、あまり疑問を抱かなかった。
そして当時の選択は、今でも決して間違ってはいなかったと思う。
一般職だが安定した給料をもらい、同じような経歴を持った優秀な同僚に囲まれている。
それに何より「大手総合商社勤務」という肩書きは、自分のプライドを存分に満たしてくれるのだ。
だから当然のように、恋愛対象になる男性の勤務先は、ブランド力のある大企業に絞られてくる。
誰もが知るメガバンク勤務である優太は、その点パーフェクトだ。
―今日もまた、上司から飲みに誘われた。。行ってくる。
優太からのLINEが立て続けに届く。彼の勤める銀行は、年功序列が厳しいことで有名だ。特に今の上司は体育会系で、基本的にはその誘いを断れないようだ。
出会ったとき、基幹店の法人営業に異動したての優太は生き生きと働いているように見えたが、最近は会社への愚痴が多い。
―今日も大変だね。がんばって。
美貴はそう返信し、杏奈との会話に戻った。
◆
翌日の土曜日、美貴は表参道に向かっていた。
大学時代の友人であるエミリと、表参道の『ラス』でランチの約束をしていたのだ。
美貴は、エミリに会うのを楽しみにしていた。エミリは美貴とは正反対の“自由人”で、大学卒業後はベンチャー企業に就職。つい最近、赴任先のシンガポールから帰ってきたばかりで、久々の再会なのだ。
この記事へのコメント
大企業=一生安泰という神話が崩れ出したのも最近の話ではないと思いますが。
一体いつの時代のお話なのでしょう。
皆さん、21歳、22歳の大学卒業生が、どれだけ安定志向で、有名企業、大企業にはいりたがるか、わかっていらっしゃられない。
昔より悪化してますよ?
既に社会人生活を長く送られてる皆さんの言っていることは、正論ですが実態と離れてる。
一流大学の若者の就職活動の現場は、地獄の安定志向、護送船団ムードです。
私は、教育に携わるものとして、危機感を感じ...続きを見るている中、この連載が始まったのは、実にリアルで期待をしました。
東カレで、東大の松尾先生と対談した記事を拝見しましたが、松尾先生も警鐘を鳴らされていたと記憶しています。
長文失礼しましたが、改めて、いまの若者は、安定志向、リスク回避型がマジョリティーで、
そんなのいつの時代?と言っている人は、現実が見えてないと思います。