SPECIAL TALK Vol.35

~失敗するからこそ改良点を考え抜く~

生まれついての〝冒険家〞。大阪に生まれドイツを目指す

金丸:高校卒業後、大学はどちらに行かれたんですか?

澤田:西ドイツのマインツ大学に留学しました。

金丸:いきなり留学ですか? どんなきっかけで?

澤田:北海道を1周したとき、その広さに驚いたんです。でも地図を見ると、その横にはさらに大きなユーラシア大陸があり、その先にヨーロッパ大陸がある。ぜひヨーロッパに行ってみたいと。

金丸:それまで海外に行かれたことはあったんですか?

澤田:ないです。でもせっかくだから、シベリア鉄道でソビエト連邦を横断してドイツに渡ろうと思い、横浜から船に乗って、ナホトカ経由で行きました。1週間ぐらいかけて。

金丸:貴重な体験ですね。当時のソ連はいかがでしたか?

澤田:暗いなと思いました。色がないんですよ。ボリショイ劇場とか地下鉄とかの公共施設は日本より立派なんだけど、全体的に灰色で。当時は今以上にアメリカとソ連が二大大国として君臨していたから、それまでに抱いていたイメージとのギャップは大きかったですね。

金丸:「これがアメリカと肩を並べている大国なのか」と?

澤田:そう。それからソ連は崩壊していくわけだけど。それでソ連を抜けてオーストリアのウィーンに入ったら、ぐっと景色が変わって明るくなった。喫茶店でコーヒーを頼んでみると、安いのにとても美味しい。日本にはない豊かさを感じました。

金丸:留学先にドイツを選んだのは、なぜですか?

澤田:地図を見るとヨーロッパのど真ん中にあって、旅行がしやすそうだなと思ったんです。それに、ドイツと日本はなんとなしに馴染みが深そうで、人の気質も近いのではないかと。

金丸:実際に生活されて、どうでしたか?

澤田:周りの国と比べてみると、やっぱりドイツはきちっとしていますよ。イタリアとかフランスはアバウト。列車もしょっちゅう遅れる。でも文化や芸術は、イタリアやフランスのほうが豊かで、食事も美味しい。まあ、私もどちらかというとアバウトな人間なんですが(笑)。

金丸:大学では何を学んだのですか?

澤田:経済学部です。

金丸:ドイツの大学って、確か授業料が無料なんですよね。

澤田:そうですね。でも生活費は必要だし旅行もしたかったから、アルバイトで日本人の旅行客を相手に、通訳や観光地であるハイデルベルク城のガイドをしましたね。

金丸:当時は、まだ日本人旅行者は少なかったんじゃないですか?

澤田:ほとんどが団体客。だから普通にガイドするだけじゃあまり稼げない。それで、お客さんからよく「夜に楽しく飲める場所や、遊べるところはないの?」と聞かれていたので、自分でナイトツアーを企画しました。そしたらこれが好評で。

金丸:なんだか旅行業に一直線ですね(笑)。

澤田:そうやって稼いだお金で、世界50ヵ国を旅しました。

ドイツから帰国後、起業して成功を収める

金丸:アメリカには目を向けなかったんですか?

澤田:もちろん行きましたよ。アメリカは広いなと思いました。

金丸:実は私も大学時代、グレイハウンドバス(アメリカを代表する長距離バス)でアメリカを横断したんです。72時間ノンストップで、西海岸から東海岸まで。

澤田:いいですね。アメリカの広さは、飛行機では味わえませんからね。

金丸:そうそう。おしりの痛さで、身をもってアメリカの広さを感じましたよ(笑)。

澤田:とにかくアメリカはすべてが大きくて。食事もすごい量だし。

金丸:印象的だったのが、ミシシッピ川を渡っていると思って、友達と「ミシシッピだ。でかいなあ」と言っていたら、バスの運転手が「バカ言ってんじゃない。これはミシシッピの支流だ」と。「じゃあ、なんていう川ですか?」と聞くと、「そんなこと知らないよ」って(笑)。

澤田:日本ではありえないスケール感(笑)。

金丸:そのあと本物のミシシッピ川を見て、驚きました。まるで海みたい。とんでもない国だなと思いましたね。ところで澤田さんは、やはり学生の頃から自分が好きな旅行を仕事にしようと決めていたんですか?

澤田:いや、本当は旅行業はやりたくなかった。

金丸:えっ!? それはなぜ?

澤田:旅行はあくまで趣味だから。趣味を仕事にしちゃうと、面白くなくなるじゃないですか。

金丸:なるほど。趣味がなくなっちゃう。

澤田:だから帰国後は、毛皮の輸入ビジネスを始めようと思っていたんです。仕事で海外にも行けるし。でもちょうどワシントン条約ができて、それが難しくなった。結局、1980年にインターナショナルツアーズを起業しました。

金丸:ワシントン条約が発効していなければ、違う仕事だったかもしれないんですね。あと、ずっと気になっていたんですけど、社名の由来ってなんですか?

澤田:「ハイクオリティ(H)なインターナショナル(I)サービス(S)をしよう」という意味なんですが、実は後付けで(笑)。

金丸:じゃあ、本当のところは?

澤田:私の名前は秀雄ですから、「ヒデ・インターナショナル・サービス」です。

金丸:こちらのほうが、わかりやすい(笑)。起業当時から勝算はあったんですか?

澤田:もちろん。イギリスやドイツでは、当時から国民の10%以上が海外旅行をしていました。しかし、日本は1億1,700万人という人口を抱えながら、海外旅行をする人は年間400万人程度しかいなかった。

金丸:日本も10%まで伸びれば、相当なのびしろがあると。

澤田:そう。最低でも1,200万人、1,500万人も狙えるかもしれないと思いましたね。78年に成田空港が開港し、日本にジャンボジェット機が入ってきて、座席の供給数が一気に増えました。それに伴って運賃が下がり、さらに円高が追い風となって、海外旅行市場は予想どおりに成長しました。

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