いわゆる“港区女子”的な女が、貴重な3年間を捧げてしまった「ヤバい男」
麻里は某外資系メーカーの社長秘書をしている。
名を言えば誰もが「へぇ」とそれなりに感心してくれる、名の通った高級食器ブランドだ。
都内の有名女子大を卒業後、麻里は意気揚々と大手人材派遣会社に入社したが、営業職の過酷さに1年で音を上げた。
そして、そこらじゅうの人脈やコネを必死に駆使して辿り着いたこの転職先は、何とも居心地の良い、この役職である。
ボスである社長は温和な中年男性で、変な意味でなく、麻里を可愛がってくれる。仕事量もやりがいもそこそこ、何より“社長秘書”という響きは魅力的なうえ、お給料も悪くない。
そんな恵まれた環境に身を置いていたから、麻里の社会人生活は学生時代とさほど変わりのない、気楽で浮世離れしたものだった。いわゆる“港区女子”的なキラキラ&チヤホヤの20代である。
自分で言うのも何だが、容姿にもかなり恵まれている方である。小学生の頃は原宿でスカウトされて、ちょっとしたバラエティ番組に出演したこともある。決して売れたわけではないが、その芸能事務所には高校受験前まで一応籍を置いていた。
そんなこんなで、麻里は昔から苦労というものをしたことがない。よって、自分の人生は勝手にフワフワと良い方向に流れていくものだと、根拠もなく信じていたのである。
そんな麻里が突然結婚に焦り始めたのは、数ヵ月前、元彼のサトシと破局を迎えたときだった。
―今まで、どこで誰と飲んでたんだよ?!―
サトシとは何だかんだと3年以上関係が続いたが、末期の頃は、半同棲していた六本木の高級低層マンションで顔を合わせるたびに罵声が飛んだ。
―そういうサトシこそ、昨日は朝まで帰らなかったの、知ってるんだからね!!―
サトシは10も年上のゲームデザイナーで、スマホゲームをいくつかヒットさせたことで財を成した天才肌的な経営者である。
年甲斐なく感情的でワガママで、束縛屋のマザコンで、しかも浮気癖があり、バツイチだった。あとから冷静になれば、単にヤバい男だ。
しかし、うんと良く言えば、素直で情熱的な恋人だった。だから仲良しのときはこれ以上ないほどラブラブで、彼ほど麻里に労力と時間を費やし、贅沢をさせてくれた男はいない。
それに、誰もがクールぶっているこの東京砂漠で、あれほど感情を垂れ流し、喜怒哀楽を全力でぶつけてくる男に、おかしな情を持っていたのも事実である。
だが二人の間には、とにかくケンカが絶えなかった。
ただのケンカではない。暴力だけはなかったが、部屋内の様々なモノが破壊され、130平米の広々とした2LDKの部屋だったにもかかわらず、近隣の住人から騒音の苦情が来るレベルのものだ。
しかも原因はいつも、全く思い出せないほど些細な、どうでもいいことだった。
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