人形町の女 Vol.9

人形町の女:2人が夫婦でいるのは、あと30秒。夫婦が一緒に過ごした最後の日

結婚して家を買い、そして子どもを授かる。

今まで「幸せ」だと信じて疑わなかったもの。

しかしそれを信じて突き進んでいくことが、果たして幸せなのだろうか?

外資系化粧品会社でPRとして働く祐実、29歳。

結婚生活3年目、夫の浮気が発覚したのをきっかけに、話し合いを経てついに離婚を決意した。

今日はかつて住んでいた豊洲の家に、荷物を取りに行く予定だった。


昔、幸せはもっと単純なものだと思っていた。

大学に入り就職し、キャリアを積む。結婚する。
頃合いを見て、子供を授かる。

自分の人生はそうやって順調に進んでいくはずだと、信じていた。しかし自分で決めたことのはずなのに、それを決断する「理由」をいつも探し求めていたのだ。

祐実は離婚届にサインし終えると、最後の荷物を引き取りに豊洲の家に向かった。

電車の中で、スマートフォンの中にある写真をぼんやりと眺める。アルバムの大半を占めるのは、3年前の結婚式の写真だ。100人ほどの人を招いた、正統派のホテルウェディングだった。

祐実は親族だけで海外挙式をするのが理想だったが、純の両親がそれを許さなかった。

「大勢の人に祝福された方が、二人の絆が強まるわ」
「祐実さんのご両親も、きっと喜ぶはずよ」

そう説得されて挙げた式は、たしかに皆喜んでくれて最高の一日だったけれども、結果的には離婚してしまうことになった。

結婚式一つとっても、何か「意味づけ」しなければ納得して前に進めなかった。そんな風に思う。

しかし祐実はもう、気づいている。働くのにも結婚するのにも、そして家庭を築くことにも、そんな崇高な理由なんてないのだろうということに。「意味づけ」を求めるのは、操られた価値観の中でもがき苦しむ自分への正当化なのだ。

有楽町の一駅手前、月島駅で、祐実は「2014結婚式」をフォルダごと削除した。

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