人形町の女 Vol.8

人形町の女:“産まない”選択は、未だ理解されづらい。深まるばかりの既婚女との溝

結婚して家を買い、そして子どもを授かる。

今まで「幸せ」だと信じて疑わなかったもの。

しかしそれを信じて突き進んでいくことが、果たして幸せなのだろうか?

外資系化粧品会社でPRとして働く祐実、29歳。

結婚生活3年目、夫の浮気が発覚したのをきっかけに、話し合いを経てついに離婚を決意した。

今日は、かつて住んでいた豊洲の家に、荷物を取りに行く予定があった。


―私たち、もう別れましょう。

純との話し合いから、1週間が過ぎた。両親への報告や豊洲のマンションにある荷物の整理など、やらなくてはいけないことは山のようにある。

特に純の父親は大手新聞社の役員で、真面目で古風なタイプだ。姑である紀子からも「離婚は、考え直して欲しい」と再三言われていた。

結婚して以来、紀子との関係は良好だった。自分の母親とは違い、多忙な夫を献身的に支える彼女のことを、祐実は心から尊敬していた。純の家は男ばかり3人兄弟だったので、まるで自分の娘のように可愛がってくれていたのだ。

「もしもし、祐実さん?今大丈夫かしら」

この日も出掛ける間際、紀子から電話があった。

「本当に、申し訳なかったわ……。純には厳しく言っておいたから」

紀子は息子の不貞を、心から詫びてくれた。そして、こう言うのだった。

「祐実さんのことは実の娘のように思っていたから、あなたたちが別れるのは、悲しいわ」

その言葉に、祐実は何と言っていいか分からなくなってしまった。離婚というのは、ただ単に一人の男を失うのではない。一人の男を通じて得た、「家族」もまた失うのだ。

「私もです」

そう同意した言葉に決して嘘はなかったが、「離婚」という結論に至ったのは、他人には理解しがたい数々の理由があるのだ。それをうまく説明できなそうにはない。

「すみません、そろそろ外出するので」

後ろ髪を引かれる思いだったが、電話を切った。今日は、大学時代のサークル仲間の結婚を祝う予定があった。

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