「だって女にとって30歳っていう年齢は、ひとつの区切りってよく言われるでしょう?」
少し涙目で高史に訴えるが、彼は哀れむような目を向けてこう言った。
「区切りって何?なんで女の人って30歳をそんなに重く捉えるの?」
「そんなの……!」
反論しようとしたが、「30歳が何の区切り」であるかをうまく説明できずに口ごもってしまった。
いつからだろう。
だれかに恋をするようになってからか、それとも結婚を夢見ていた少女の頃からか。
「30歳」という年齢が、女にとって大きな意味を持っているのだと思うようになったのは。
”節目の歳”といえば、20歳の方が大きな意味を持っている。だがなぜか、「20歳」という響きはキラキラと輝き、たっぷりと養分を吸収した蕾が勢いよく、ぱぁんと咲くようなイメージだ。
それに対して「30歳」は、その花の瑞々しさを失い始めるようなイメージを漠然と抱いていた。30歳を過ぎても、人生はその後何十年も続くというのに。
30歳を過ぎてしまえば、「自分の魅力がすり減る一方なんじゃないか……」そんな思いに駆り立てられているのだ。
「高史は男だから、わからないわよ」
麻里子は唇を尖らせて言った。
「だって男の人は、年齢重ねることって足し算でしょう?キャリアを積んで、年収も増えれば、それが男性としての魅力に比例する。なんなら、白髪はロマンスグレーって言われて、おでこと目尻に入る皺だって、“渋い”って褒められるじゃない。でも、女は引き算なんだよ?女は年齢を重ねる度に、何かを失っていくだけなんだから」
早口で言い切って、グラスに残っていたワインをごくりと喉に流し込んだ。麻里子の一連の動作を、高史は無言で見守っている。
がやがやした店内で、麻里子と高史のテーブルだけが、しんとした静けさを放つ。
その時、テーブルに置いていた麻里子のスマホが震えた。
見ると、友達の瑠美からのLINEだった。動画のURLのようだが、高史と話し合いをしている麻里子は、見る気にはならずスマホ画面を伏せるように、ぱたりとテーブルに置いた。
「俺も、麻里子とこのままうまくいって結婚できればいいなと思うけど、30歳までに結婚したいから、なんて理由で決めるのは、正直反対だな」
「……」
無言でこくりと頷く。高史の言い分もわかる。だが、それで「はいそうですね」と簡単に言うことはできない。
―女にとっての30歳って、なんでこんなに重くのしかかってくるんだろう……。
今まで、漠然としか考えていなかった「30歳」という壁。そもそも、自分はどうしてこんなにも30歳になることを不安に感じているのか。
その明確な答えを、麻里子は求めていた。
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距離を置くことになった高史と麻里子。2人の関係はどうなる?
麻里子に届いた動画。それは、女性ならば見逃せない内容だった。
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