30歳までには―。
東京のいたるところで、呪文のように囁かれるこの言葉。
そのせいか、年齢を重ねることを嫌悪する女は多い。
だが、女には、女になる年齢があるのをご存知だろうか。
それが30歳なのかもしれない。
その時こそ、真の女としての人生が始まるのだ。
「だって、今年30歳になるんだよ?!」
高史に向かって、麻里子は大きな声を出してしまった。
―こんな話がしたかったんじゃない。
うつむいて、涙が出そうになるのをぐっとこらえる。
今日は、高史がシンガポール出張から帰ってきて、久しぶりのデートだ。西麻布の『サッカパウ』でペアリングを堪能しながら、せっかくの時間を楽しく過ごしたかったのに、気付けばケンカになっていた。
原因は、最近事あるごとに話題に上る、結婚について。
最近では麻里子の方が結婚を迫っているような関係になり、麻里子の焦りは余計に募る。
―こんなはずじゃなかった……。
そんな想いが、頭の中をぐるぐる回る。
もっと平和に、楽しく、前向きに。そして彼に心から求められて、結婚を申し込まれる、はずだったのに……。
30歳を目前に、結婚、結婚と言っている自分が、端から見れば滑稽であることなんて、麻里子自身が一番わかっていることだ。