「ちょっと奈々、これ見て。」
お食事会仕様に顔を完成させたさゆみが、奈々に自分のスマホ画面を見るように促す。
「衣笠美玲(きぬがさ・みれい)、週末は熱海のひらまつに行ってたみたい。」
表示されていたのは、奈々やさゆみと同い年で、高校時代から数々の雑誌に読者モデルとして登場していた美女・衣笠美玲のインスタグラムだ。
『THE HIRAMATSU HOTELS & RESORTS 熱海』へのチェックインとともに、部屋にしつらえられた露天風呂に入る、美しい美玲の後ろ姿があった。
10Kをゆうに超えるフォロワー数を誇る美玲のアカウントには、今回に限らず、高級ホテルや旅館、グランメゾンでの食事が頻繁に投稿されている。
「誰と一緒だったのかしらね。」
その煌びやかな私生活は、同年代の女たちの羨望と嫉妬の対象となっており、特にさゆみは対抗心からか(同じ土俵にすら上がっていないのだが)彼女の動向を逐一チェックしては溜息と嫌みを吐いているのだった。
しかし奈々にとっては、美玲の日常はあまりに自分とかけ離れていて嫉妬心すらわかない。
―私なんかには、別世界の話だわ。
そうやって、すんなりと別カテゴリーに片付けてしまうことができた。
…ふたりの姿を、目撃してしまうまでは。
嫉妬で幕を開けた、思いがけぬ再会
その日の食事会は、奈々をただ疲労させるだけだった。
集まった30歳の代理店マン3人は、揃いもそろって自己陶酔が激しく奈々の最も苦手とする人種で、自慢話のオンパレードに疲れた奈々は早々に一次会撤退を決意。
消耗した心が癒しを求めているのだろうか、足が自然と千駄ヶ谷ではなく、優一のマンションがある渋谷へと向かう。優一の普通さが、無性に恋しい。
山手線を降り、ハチ公口を出る。優一の家は駅から15分ほど歩くから、その間に飲むコーヒーを買いたくて、スタバに向かいスクランブル交差点を渡っていた、その時だった。
目の前から、もう二度と逢うことなどないと思っていた顔が、近づいてくるのだ。
―そんなはずない。けど…
心臓がバクバクして、奈々は声を出すことも目を離すこともできない。
「桜井…?やっぱ、桜井だよな?!」
ふたりの距離が1メートルにまで近づいた時、懐かしい声に苗字を呼び捨てにされて、奈々の心は興奮で震えた。
「翔平!」
思わず叫んだ後で、奈々は自分を見つめるもう一つの視線に気が付いた。あまりの動揺で翔平しか見えていなかったが、彼の隣には女の姿があったのだ。
―あれ?この子、もしかして…。
透き通るような白い肌、色素の薄い瞳、小さく遠慮がちな唇。なんとも可憐な美少女を見つめ返し、奈々はハッとする。
そう、翔平の隣にいたのは、衣笠美玲だった。
▶NEXT :4月17日 月曜更新予定
誕生日を共に過ごしていた、翔平と美玲の関係とは?
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