恋人という存在が、2017年現代の東京では、曖昧になってきている。
その人とオフィシャルな関係になる気がなくとも、その人に「彼氏・彼女」ができると、少しだけ胸が苦しくなる。
決して都合の良い関係ではない。だが、人生をかけて愛したいというのも違う。
多様化した愛の形が、今、顕在化してきている。
愛してるとは違うけど、愛していないとも言えない。
あなたの身にも、覚えはないだろうか?
そう、それもまた1つのLOVEである。
始まらないまま、終った恋
「桜井、ふたりで抜けようぜ。」
ふいに耳元で聞こえた不器用な声と、30センチの至近距離で見た翔平の顔。呼吸困難になるのではないかというほどに跳ねる心臓、握られた手の温かさ。
夢とも現実ともわからぬリアリティをもって、突如蘇った懐かしい記憶―。
遮光カーテンが引かれた1DKの部屋。薄暗いベッドの上で目を覚ました桜井奈々(27歳)は、甘酸っぱい感情が胸に広がっているのに気が付いて苦笑した。
「欲求不満か、私ってば…。」
それは、10年以上前の、淡い恋の記憶だった。始まりもせず、終わった恋の。
◆
高校1年の夏の夜、クラスの仲間で花火をしようと、川沿いの土手に皆で集まった。
お調子者の翔平はいつも輪の中心にいる。その夜も、大量のロケット花火に火を点けて大騒ぎしている彼を、奈々は半ば呆れつつも微笑ましく思いながら遠巻きに眺めていた。
翔平には、彼女がいる。隣のクラスに、学年一の美人と名高い彼女が。
それなのに…何の気まぐれか、気の迷いか。
気づけば翔平が横にいて、照れたような、怒ったような顔で抜け駆けを誘い、驚きで声の出ない奈々の手を掴んだ。
「ふたりで抜けようぜ。見せたいものがあるんだ。」
この記事へのコメント
コメントはまだありません。