私、港区女子になれない Vol.1

私、港区女子になれない:高学歴キャリア女子VS男に頼る港区女子。賢いのはどっち?

達成感は、努力した者だけが味わえる甘い蜜。


「篠田!今からクライアント先行くぞ!」

営業フロアに到着するや否や、部長に呼び止められた。涼子の担当する某自動車メーカーの広報部長から呼び出しがあったのだと言う。

バーキンの妄想から一転、緊張が走る。呼び出しの内容は、先週、涼子がチームリーダーとなって挑んだコンペの結果に違いない。

記憶を呼び戻し、コンペの感触を思い出す。手ごたえはあった。それに、わざわざ呼び出して伝えるのだから、良い結果なのではないだろうか…?

大手広告代理店で、30歳の女がリーダーを任されるチャンスはそう多くない。今回は若いママ向けの新車プロモーション案件ということで、若手女性メンバーを中心に異例のメンバー編成がなされたのだ。

これを逃したら、次のチャンスはいつあるかわからない。涼子は祈るような気持ちでデスクの引き出しから資料をかき集め、慌てて部長の背中を追った。



「新車プロモーションですが、御社にお願いしたいと思っています。篠田さんの企画、社内でも皆、絶賛していましたよ。」

クライアント先である某自動車メーカーの会議室で、広報部長が確かにそう言った。

「え…!あ…ありがとうございます…!!」

絶対に勝つ。そう決めて挑んだコンペだったし、自信もあった。クリエイティブと何度ぶつかっても妥協せず、この1か月で何日徹夜しただろう。その努力が、報われた。

丸顔で人の良さそうな広報部長のおじさまに抱き着きたいくらい、嬉しい。

涼子の胸に、達成感という甘い蜜がじんわりと広がる。

この甘い蜜を味わう度に、涼子は強く美しく成長してきたように思う。達成感は、どんなにお金を積んでも買うことはできない。人に頼って得る事もできない。努力をして成功を掴んだ者だけが、知ることのできる味なのだ。


涼子をざわつかせる女、香奈。


「失礼します。」

コンペ勝利が決まった3日後。涼子がチームメンバーの後輩女子2人を連れて会議室に入ると、社内クリエイティブの先輩・和也が、売れっ子クリエイターの浅木和磨たちと何やら盛り上がっていた。

「おい、篠田も学んだ方がいいぞ。香奈ちゃんのモテ技を。」

和也はいつも、涼子に男っ気がないことをこうして茶化してくる。

香奈ちゃん、と呼ばれた女は、クリエイター浅木和磨の秘書だ。背が高く、華やかで目鼻立ちのくっきりと整った美人。浅木のような、派手好きなおじさまが好みそうな女である。

しかし涼子は、初めて会った時からこの女が苦手だ。

「モテ技、和也さんにも効果あるかしら。」

和也を上目で見遣り、「うふふ」と悪戯っぽく笑う香奈。和也も和也で、「いや、俺はそんなお金ないよ~」などと言いながら、まんざらでもない顔をして鼻の下を伸ばしている。

―まったく、男ってやつは…。

涼子は、苛立ちを悟られないよう俯きながら心の中で毒づく。

本当は、何を買ってもらったの?などと聞いてあげればいいのだろう。聞いてなどやりたくない、と思ってしまう私は、可愛げがないのだろうか。

仕方なしに香奈に向き合った瞬間、涼子は香奈の傍らに置かれたバッグに目が釘付けになった。

真新しいバーキンだった。

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