2017.01.14
美人探偵・貴崎桜子の事件簿 Vol.6「愛宕3丁目だ」
導き出した答えを冷静に呟いた。
「ちょっと今回は難問だったよ」
「そお?簡単に解いたように見えたけど?」
桜子はセクシーな声で言うと、流し目を送ってきた。その仕草に、やはりわたしはドキリとさせられる。
「これはきっと、愛宕3丁目に行けという指示ね」
「おそらく、そういうことだろう。だが、愛宕3丁目のどこに行けばいいんだ……?」
愛宕神社、愛宕グリーンヒルズ……。愛宕と聞いて思いつくものはそれくらいだ。愛宕はそう広いエリアではない。だが、「3丁目」だけを頼りに辿り着くのは困難だろう。
私が頭を悩ませていると、桜子は何の迷いもなさそうに蔵を後にした。慌てて彼女を追いかけると、先ほどまで食事を楽しんでいたビルに向かっているようだ。
「奥田さん、私たちは先に行っていますから、皆さまのお見送りが済んだらここへいらして」
桜子は早口で告げると手帳とペンを取り出し、何かを走り書きした紙を破いて奥田に渡した。どうやら彼女は行くべき場所の見当がついているようだ。
それからビルを出て、早々にタクシーを止めやすい中央通りまで出たのだった。
◆
私たちは愛宕3丁目のとあるビルの前でタクシーを降りた。4階建ての雑居ビルで、築20年程だろうか。雑然としており、人に使われている気配はない。
「このビルね、通称“悪魔のビル”と呼ばれているの。何でも建築当初は普通の雑居ビルとして使われていたんだけど、ある時からなぜかコウモリが棲みつくようになったの。それも、大量のコウモリが」
「東京でコウモリ?本当かい」
「嘘みたいだけど本当よ。なぜか、夜になるとこのビルだけに大量のコウモリが集まってくるの。それを嫌がってテナントが撤去するとコウモリも集まらなくなる。でもまた新しいテナントが入るとコウモリが集まってくる。
だからもう何年も借り手がいないまま、廃墟状態。いつしか“悪魔のビル”と呼ばれるようになったそうよ。さっきの謎で、愛宕3丁目には悪魔が書かれていたから、きっとここを指定しているんだと思うの」
「そんなビルがあったなんて、驚きだね。じゃあ、中へ入ってみようか。何かあったら必ず僕が守るからね」
この状況に便乗して、歯の浮くようなセリフを言ってみた。いつも強気の桜子も、今回ばかりはしおらしい態度で僕の袖口を握ってくる。
―よし……!
私も内心では恐怖もある。だが、そんな不安を見せるわけにはいかない。桜子の手を取り、彼女と目を合わせて無言のまま頷き、ビルに入った。廊下には、蛍光灯の白い明かりが灯っている。
まずは入り口からエレベーターを通り過ぎた先にあるドアを開けようとしたが、鍵がかかっていた。
あきらめて、もうひとつ別のドアを開けると非常階段があった。私たちはそのまま非常階段を使って2階に上がることにした。
だが、2階と3階にそれぞれ3つずつあるドアは全て鍵がかかっていた。開かないドアに遭遇する度、桜子と顔を合わせて無言のまま小さく首を振る。それが何度も続いた。
最上階の4階へ行き、同じようにドアノブに手を掛けると、ガチャリと手ごたえを感じた。ドアが開いたのだ。
私は鉄製の重いドアをゆっくりと押し開け、10cm程の隙間から中を伺った。だが、暗くて何も見えない。
注意深く、さらにドアを押し開け廊下から漏れる明かりを頼りに、照明スイッチを探し当てた。そして明かりを点けると、部屋いっぱいにディアブロのボトルが並べられていた。
カベルネ・ソーヴィニョン、シャルドネ、メルロー、ピノ・ノワールなど10種類のディアブロすべてがランダムに並べられているのだ。
その光景に圧倒された私たちが、ディアブロに吸い寄せられるようにして部屋の奥へ進み、ドアがガチャリと閉まる音が聞こえた時、部屋に置いてあるスピーカーから女性の声が聞こえてきた。
「お前たちに火を放ってやる。脱出したいならこの謎を解いて、ドアのカギを解除しろ」
「なんだって?!」
私は慌ててドアに駆け寄るが、ドアには外側から鍵が掛けられてしまった。勢いよく振り返り部屋をぐるりと見渡すと、窓にはすべて板が打ちつけられ、そう簡単に外すこともできなさそうだ。
仮に外せたとしてもここは4階。飛び降りて無傷ではいられない。最悪の場合も考えられる……。
「まずいな……」
私が呟くと、桜子はギュッと私の手を握ってきた。
「大丈夫よ。謎を解けばこの部屋から出られる。もう謎解きはあなたの特技でしょう?さあ、謎を解きましょう」
やはり桜子は強い。彼女の言葉に落ち着けられ、私は謎と向き合うことにした。
どうやらドアの横に設置されている、平仮名が書かれたタッチパネルを操作すると鍵が解除されるようだ。試しにタッチパネルの文字を押すと、その文字の箇所だけライトが消えて黒くなるようだ。
―なるほど。
私は何かを掴んだ手ごたえを感じながら、謎をじっくり睨んだ。
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